糖尿病の合併症の一つである「足の病変」。ちょっとした傷が一気に悪化することで、切断を余儀なくされることもあり、切断にまで至る人は年間1万人ともいわれている。
「足の裏のタコが化膿してしまいました。痛くなり、発熱もしてきたので、心配になって近所の皮膚科に行ったら、すぐに大学病院を受診するように言われたんです」
東京都に住む自営業の長谷部勇吉さん(仮名・63歳)は、2年前をこう振り返る。2011年7月、紹介された杏林大学病院形成外科・美容外科を受診したが、足の小指も赤くパンパンに腫れており、「タコの周りと小指を切断するしかない」と言われた。タコが化膿して、わずか5日目のことだった。
「10年以上前から糖尿病なので、医者から足のけがには気をつけるように言われていたんですが、まさか、こんな急激に悪化するとは思いませんでした。何よりも精神的なショックが大きかったです」(長谷部さん)
長谷部さんを担当した同科教授の大浦紀彦医師は、こう話す。
「糖尿病が10~15年になると、神経障害により足の感覚が鈍くなります。履いていたサンダルが脱げたのに気付かず、裸足で歩いていたという人もいるほどです。傷口から感染して1週間で膝下から切断することもあり、足の病変は悪化のスピードが速いのが特徴です」
糖尿病による足の病変には、血流障害によるものと細菌感染によるものの、大きく二つある。糖尿病になると、動脈硬化が起きるため血流の障害が生じやすく、また、白血球の働きが弱くなることで、感染症にもかかりやすくなるのだ。さらに、足は歩くだけで外傷ができやすい。神経障害で痛みを感じなかったり、傷に気付かなかったりするため、発見が遅れやすく、重病化することも多い。
診断で最も重要なのは、病変の状態を見極めることだ。血流障害による病変では、血流がない状態(虚血)で「乾燥壊死」を起こすが、細菌感染によるものでは「潰瘍」ができる。
長谷部さんの場合は、潰瘍だった。そこで大浦医師は、感染した部分を切除(小切断術)したのち、局所陰圧閉鎖療法(NPWT)を実施した。
局所陰圧閉鎖療法とは、傷の上にスポンジ状のものと、透明のフィルムをかぶせて密封状態にし、穴をあけてチューブで内部からにじみ出てくる滲出液(しんしゅつえき)を吸引する治療法だ。チューブで滲出液を吸引すると、むくみが解消され、二次感染も防げるため、傷口を小さく、早く治すことができる。この治療が功を奏せば、切除した部分の機能を早期に回復することができる。日本では、09年11月に初めて「陰圧補助閉鎖治療システム」が厚生労働省の医療機器販売承認を受け、10年4月から保険適用になった。
また局所陰圧閉鎖療法では、足を切断する治療と比べ、肉芽という新しい組織が形成されるまでの期間が短く、切断した場合の3分の1以下(18日前後)だ。肉芽ができたのち、臀部(でんぶ)などの皮膚を移植し、傷をふさぐことで、傷の治療は終わる。
長谷部さんの足は小切除で済み、踵を残すことができたため、義足には至らなかった。治療後は、特注で作ってもらった靴を履いてリハビリを受け、自力歩行ができるようになっている。
※週刊朝日 2013年10月11日号