当然、トシさんは人間不信になりました。もう二度と覗きこまれまいとカーテンを固く閉め、家のなかにひきこもります。
家族からも理解はされません。戦後の貧しい環境で育った祖父母と、親に楽をさせたくて必死に働いた父。家族は「なんでがんばれないんだ」という眼でトシさんを見ていました。
学校と家のなかから刺すような視線に耐えかね、現実を忘れようとトシさんはゲームなどに没頭。そのとき救いになったのが「ドラゴンクエスト」(以下・ドラクエ)でした。
初めて買ったドラクエは「ドラゴンクエスト3」、小学5年生のころです。RPGという世界に興奮しつつも、遅々として進まないストーリー。どうすればクリアできるのか、ボスはどう倒せばいいのか、友だちと意見交換をし、いっしょに遊びました。ある友だちは、毎日のようにわが家を訪れて、笑いあってドラクエを進めていたそうです。あらゆるゲームの中で、ドラクエだけが「傷ついてない思い出」だったのです。
ひきこもりながらも、ドラクエをしていると「いつかまた、あんなふうに楽しく誰かと話したい」、そう思えたんだそうです。
毎日のように訪れていた友だちは、その後、トシさんをラケットで殴った子です。なんで変わってしまったのか、ゲームを終えるとトシさんの胸には悔しさが蘇ります。同時に「それでも学校へ行かなきゃ」という罪悪感も募ります。とっくに学校を卒業した年齢になってからも、「行かなければ」という焦りに何度も夢のなかで襲われたそうです。
成人式も欠席。不登校から6年が経っていた当時でも、同級生の存在は恐怖でしかありませんでした。しかし、それよりも「こんな自分を見せられない」という思いのほうが強かったそうです。こんな自分とは、ひきこもって何もできない自分です。
そんなトシさんに「本物の成人式」が訪れたのは22歳。ドラクエのゲームミュージックを担当している作曲家すぎやまこういちさんのコンサートを見に行った日でした。