日本では、精神障害のために自分自身や他人を傷つけるおそれがある場合、その人を強制的に病院に連れていき「措置入院」をさせることができる。しかし、措置入院は本人の自己決定権を侵害することから、医師の診察が不可欠だ。藤野さんには、医師からの説明はなかった。

 藤野さんが車に乗せられてたどりついたのは、神奈川県中井町にある施設だった。そこで、藤野さんは施設に入るための契約書にサインをするよう求められた。アルバイト先が決まっていたので戸惑いもあったが、「行政的な措置ならしょうがない」とあきらめて名前を書いた。藤野さんは、このことを今でも後悔している。

「僕が連れていかれた施設は、病院や社会福祉法人ではなく、『一般社団法人若者教育支援センター』という組織でした。『ハメられた』と思いました」

 藤野さんは、子どもの頃から母親との対立が絶えなかった。特に、仕事を辞めた後は生活費をめぐって言い争いになることも少なくなかった。母親が藤野さんを多額な費用が必要となる自立支援施設にあえて入れたのも、対立が激しくなっていた時だった。

 藤野さんが入ったのは、同センターが運営する全寮制の「ワンステップスクール湘南校」。ホームページでは、ひきこもりや不登校、家庭内暴力などについて<ご家族の悩みを解決いたします>と書かれ、その解決法として、24時間体制のもと<1つ屋根の下で、家庭の温かい愛情を注ぐ>を方針として掲げている。

 藤野さんは、入寮の経緯に納得できなかった。なぜ、自分はここに連れて来られたのか。「人生を奪われた」という怒りが、日増しに強くなっていった。

 そもそも、藤野さんは「ひきこもり」ではない。働けなくなったのも、もともとは過労が原因だった。さらに、病院では双極性障害とは診断されずに間違った薬を処方されたため、一時はからだを思うように動かせなくなっていた。

「施設に入っていた人で、ひきこもりは半分ぐらいだったと思います。そのほかは、発達障害や精神疾患の人、親から虐待を受けて捨てられるように預けられた人もいました」(同)

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脱走を決意した理由