樺平を発車したトロッコ列車は、行ったり来たりを繰り返して高低差を克服していく。1段上るのに短くて45秒、長いところでは90秒ほどかかる。それでも1986年に転轍機(てんてつき=ポイント)操作が自動化されるまで、乗務員が手動で一つひとつ切り変え作業をしていた頃に比べれば、格段の“スピードアップ”がなされたという。
18段連続スイッチバック区間は周囲に木々が茂って眺望は利かないが、1カ所だけ立山連峰の薬師岳(標高2926メートル)が見渡せるポイントがあった。
15分ほどで中間地点の「樺平9」スイッチバックに着く。複線の交換所が設けられ、列車の行き違いを可能にしている。その先のバック運転区間で、前面を注視していた国交省の案内員が運転士に通じる無線機に向かって声をあげた。
「線路にカモシカ2頭、停車願います」
急ブレーキとともに飛び降りた案内員に追い立てられた親子らしいカモシカは、さほど慌てたそぶりもなく、悠々と斜面を下りて行った。トロッコ列車はスピードが遅いので、はね飛ばすことはまずないが、カモシカが動き回ることによって引き起こされる落石が怖いのだという。
樺平から30分ほどで、18段連続スイッチバックを上り切る。そこからは比較的平坦な区間が続き、カルデラ内では珍しい平坦地の水谷平に設けられた終点・水谷に到着した。工事専用軌道はここで終わる。
■国の重要文化財に指定された日本最大の砂防ダム
トロッコ列車への乗車は水谷までだが、立山砂防の“本領”はその先にある。
国交省立山砂防工事事務所水谷出張所や職員寮、作業員宿舎などが建ち並び、例年6~10月の工事期間中には約300~400人が暮らすという、水谷平の面積は約5ヘクタール。安定した地形のようだが、1957年までは平坦地が15ヘクタールあった。ところが、当時テニスコートなどが設けられていた南側で100万立方メートルの大崩落が起き、いちどきに平坦部の3分の2が失われてしまった。
そんな状態では、確かに立山砂防工事は“終わらない”はずだ。