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うまくいかなかった2度の手術。「もう完全に治ることはない」と医師は言った。「1年後の生存率1割」を覚悟して始まったがん患者の暮らしは3年目。46歳の今、思うことは……。2016年にがんの疑いを指摘された朝日新聞の野上祐記者の連載「書かずに死ねるか」。今回は世の中を変えていくsomething、「何か」について。高校時代の忘れられない授業とは?
【ナポレオンの没落についても書かれている『君たちはどう生きるか』】
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病気になって歴史への関心がより高まった、と前回書いた。ここに紹介するのは、こと歴史に関しては人生で一、二を争うのではないかと思うほど、見る目を改めさせられたエピソードだ。
今から30年前のある日。高校1年生の世界史の授業で、教師が生徒たちに質問を投げかけた。
「もしもナポレオンが3歳の時にはしかで死んでいたら、歴史はどうなっていたと思う?」
なあんだ、そんな質問かと鼻白んだ方もいらっしゃるのではないか。少なくとも当時の私は、即座に白けたものだった。歴史好きなら小学生でも知っている「クレオパトラの鼻」。その焼き直しではないか、と思ったのだ。
ちなみに先日、お見舞いの知人に同じ質問をしたところ、相手が思い浮かべたのも「クレオパトラの鼻」だった。
古代ローマの英雄たちがエジプトの美女の外見に翻弄(ほんろう)され、国運が浮沈する。歴史はちょっとした偶然でその後の流れが大きく変わる、というエピソードだ。
偶然の中身を1人の美貌(びぼう)から死に置き換えたところで結論は変わらない。両者の軽重の差を考えても、その後の流れはさらに実際と大きく変わっていただろうという程度の話では、と予想した。
それが30年たっても忘れられないのは、この予想が鮮やかに覆されたからだ。「ナポレオンが死んでいても、歴史はほとんど変わらなかっただろうね」と教師は言った。「もしかしたら実際の歴史に比べて、ものごとが起きるのが多少、早かったり、遅かったりするかもしれないけど」