子供の頃、親はとても賢くて、従う対象でした。でも、自分が大人になると、親の愚かさが見えてきます。一人の人間としての限界がくっきりと分かります。

 そういう時、もちろん、「家族」として歩み寄れることはあるでしょう。

 正月に帰省して共に食事するとか、両親の古い人生観を黙ってうなづくとか、近所のグチを聞いてあげるとか。

 でも、自分の人生を差し出さなければいけないことは、歩み寄る必要がないのです。歩み寄ってはいけないのです。そんなことをしたら、残りの人生がだいなしになるのです。

 A子さん。どうか自分の人生を生きてください。

 このまま、思考放棄が続けば、酒造会社は潰れるかもしれません。でも、それはA子さんの責任ではありません。

 有能な経営者をヘッドハンティングしたり、A子さんに全面的に経営権を任せると言い出したり、両親がもう一度経営を見直したり、兄を別の酒造会社に出向させて経営を学ばせたり、やれることはたくさんあります。

 なのに、思考放棄を続けて潰れたとしたら、どうしてそれがA子さんの責任になるのでしょう。

 A子さんしか解決策がないと本気で思っているとしたら、それは経営者失格です。一方的にすがられるA子さんにはなんの責任もないのです。

 厳しい結論です。もし、潰れたら罪悪感に苦しむかもしれません。

 でもね、A子さん。もし、あなたがこのまま、故郷で兄のサポートに入ったら、感じるのは罪悪感ではなく、苛立ち、怒り、絶望、後悔、などです。罪悪感の比ではないのです。そんな日常を送ればあなたは不幸にしかならないと思います。

 故郷に帰らなくても、罪悪感を感じる必要は全くないのです。声を大にして何度も言います。A子さんが自分の人生を犠牲にしなかったからといって責められたり、罪悪感に苦しむ理由なんか何もないのです。

 聡明なあなたは分かっているでしょう。ただ、決断するだけだと思います。

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鴻上尚史

鴻上尚史

鴻上尚史(こうかみ・しょうじ)/作家・演出家。1958年、愛媛県生まれ。早稲田大学卒。在学中に劇団「第三舞台」を旗揚げ。94年「スナフキンの手紙」で岸田國士戯曲賞受賞、2010年「グローブ・ジャングル」で読売文学賞戯曲賞。現在は、「KOKAMI@network」と「虚構の劇団」を中心に脚本、演出を手掛ける。近著に『「空気」を読んでも従わない~生き苦しさからラクになる 』(岩波ジュニア新書)、『ドン・キホーテ走る』(論創社)、また本連載を書籍にした『鴻上尚史のほがらか人生相談~息苦しい「世間」を楽に生きる処方箋』がある。Twitter(@KOKAMIShoji)も随時更新中

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