今回も、震災10年でという物語に加え、「自ら望んでホームに帰って来てくれたマー君」という物語が私たちの温かい気持ち、高揚感につながっているのでは、と高橋さんは見る。

「スポーツの応援は、『応援する方が、応援される』という関係でもあるんです」(高橋さん)

 ただ、入団会見で田中選手の方から「物語」をことさらに強調することはなかった。そんな「言葉の真摯さ」に、さらに期待が高まったと話すのは、『オシムの言葉』の著書もあるジャーナリストの木村元彦さん(59)だ。

「余計な誇張やリップサービスもなく、訥々と自分の言葉をつなぎ、たとえばヤンキースでプレーしたかったという気持ちも正直に語っていた。SNS全盛で選手も『ツイッターで発信してるからいいや』みたいな風潮もある中、パブリックな空間で自分の思いをきちんと言語化できる選手が日本球界に戻ってきてくれたのは、すごくいいことだと思います」

 さらに、田中選手のすごさは「自分の生き方と言葉がちゃんとシンクロしていること」だと、木村さんは言う。たとえば「決して腰掛けなどとかではなく、本気で日本一を取りに行きたい」という会見での言葉。ここにも「ちゃんと実行してきた人」の重みがある。楽天が初優勝を決めたとき、田中選手は前日に160球を投げていたにもかかわらず、リリーフに立ち、見事に抑えた。

「翌年からメジャーに行こうとしているときに、自分の肩のことを考えれば普通は断りますよ。でも彼は投げた。今回、日本でも惜しげもなく力を出し切ってくれると思う」(木村さん)

 また、「震災10年での復帰は自分にとって意味あること」という言葉も、メジャーに行ってからもオフには被災地の小学校を慰問に訪れていた田中選手が言うからこそだ。

「まさに言行一致。アスリートの『いい言葉』とは、やはり行動がともなってこそ、立ち上がってくるんです」(同)

(編集部・小長光哲郎)

AERA 2021年2月15日号より抜粋

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小長光哲郎

小長光哲郎

ライター/AERA編集部 1966年、福岡県北九州市生まれ。月刊誌などの編集者を経て、2019年よりAERA編集部

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