東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン代表。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数
東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン代表。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数
※写真はイメージ(gettyimages)
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 批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。

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 8月末に富山県南砺(なんと)市利賀(とが)村を訪れた。当地で開催中の国際演劇祭「シアター・オリンピックス」を見るためである。

 シアター・オリンピックスは1994年に創設された国際演劇祭で、今回は日ロ共同開催となった。ロシア側の会場はサンクトペテルブルクだが、日本では人口数百人の寒村がメイン会場となっている。

 この奇妙な選択には、日本側の芸術監督・鈴木忠志の思想が反映されている。鈴木は60年代の演劇運動を牽引した演出家で、東京で大きな成功を収めていたが、76年に拠点を利賀に移した。その後は地元行政・住民と連携を深め、過疎に悩む小さな村を演劇の聖地に育てあげた。現在利賀には六つもの劇場があり、公園には磯崎新の建築やイサム・ノグチの彫刻が並んでいる。国際演劇祭は、そのような長い活動のいわば総仕上げとして開催されている。

 鈴木のこの活動は、いま流行の地方芸術祭やアートによる村おこしと似てみえる。実際その側面もある。けれども決定的に異なるのは、利賀では動員数や経済効果がほとんど追求されていないことである。鈴木がこの地に移住したのは、利賀のような「辺境」のほうが、資本主義の雑音に悩まされず、世界水準の芸術を追求することができると考えたからである。それゆえ件の演劇祭も、多くの舞台が「前衛的」で、大衆性や商業性から離れている。そしてまさにその覚悟に共感して、多くの人々が集まっている。いってみれば、芸術で村を元気にするのではなく、芸術のほうをこそ村によって元気にする、それが鈴木の哲学なのである。

 筆者は3日間の滞在で三つの舞台を見た。ギリシャ人の演出家が、テロや難民で苦しむ諸地域の俳優を起用し、2千年前の古典悲劇を現在の中東情勢に重ねてつくりあげた舞台に感銘を受けた。芸術の力は時代を超える。利賀はその力に集中している。SNSが世界を覆い、人々が目のまえの政治に翻弄されているいま、ほんとうに必要とされているのは、話題性を競うお祭りではなくこういう空間だと感じた。

 演劇祭は9月下旬まで開催されている。筆者はもういちど行くつもりだ。

AERA 2019年9月16日号

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東浩紀

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東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数

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