赤坂真理(あかさか・まり)/1964年、東京都生まれ。『ミューズ』で野間文芸新人賞、『東京プリズン』で毎日出版文化賞、司馬遼太郎賞、紫式部文学賞。批評に『愛と暴力の戦後とその後』など(撮影/岡田晃奈)
赤坂真理(あかさか・まり)/1964年、東京都生まれ。『ミューズ』で野間文芸新人賞、『東京プリズン』で毎日出版文化賞、司馬遼太郎賞、紫式部文学賞。批評に『愛と暴力の戦後とその後』など(撮影/岡田晃奈)

 小説家の赤坂真理さんによる『箱の中の天皇』は、天皇の孤独と対話するサイコドラマ的物語だ。天皇退位を目前に控えたいま、小説の形で天皇、アメリカ、そして家族を考える。

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 母と訪れた横浜のホテルニューグランド。マリは深夜目覚めると、マッカーサーの幽霊が電話で昭和天皇を部屋に呼び出すのを目撃する──。

「文学史的事件」とまで呼ばれた赤坂真理さんの話題作『東京プリズン』から6年。新作で赤坂さんは、天皇制に対する問いを軸として日本の戦後という時間が隠してきた秘密に、大胆かつ繊細にアプローチした。天皇制は三島由紀夫や深沢七郎といった作家が取り組んできた日本文学の直球ど真ん中のテーマだが、最近はあまり見かけない。

「『裸の王様』の子どもみたいなところがあるんです(笑)」

 本・天草生まれの「道子」という老女、昭和天皇のエクトプラズムを入れた箱……。数々の眩惑的なシーンが現れては消え、サイコドラマ的に物語は進行する。

「天皇はシャーマニズムの長だったのではないかと思います。もともと女性的な存在だったのに明治時代に男性的な存在に変更されている。日本国とは天皇のジェンダー操作でできているのではないか」

 退位の意向を明らかにした2016年8月の天皇の「おことば」を、赤坂さんは「象徴の意味を天皇自身が定義した」と考える。自らを定義せざるをえなかった天皇とマリが対話するシーンは圧巻だ。

「私たちは『象徴とは何か』ということを実は何も考えていなかった。それを天皇自身に先に言われてしまった、という感じがありました」

「コールガール」や「エージェント」といった、日本語に翻訳すると複数の意味を持つ単語をめぐって、翻訳のずれが狂言回しのように登場する。日本を相対化して考える際、外部でありかつ親しい存在であるアメリカや英語を一度経由するという赤坂さんならではの方法論だ。これは自身のアメリカでの生活と、日本語話者としてのアイデンティティーの葛藤の経験から来ているという。

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