取材中に授業ものぞいてみた。ディスカッションで一番発言していたのは田邉快哉(かいや)さん。実はつらい中学時代を過ごしていた。生徒を「クズ」や「ゴミ」呼ばわりする男性教師が怖くて登校が苦痛に。学校全体を覆う同調圧力にも違和感を覚え、別室登校となり勉強も遅れてしまった。

 自信を失う中で支えとなったのは趣味の動画編集。高校進学時に親が望んだ先は公立高だったが、N高なら中学の復習授業がある、大好きな映像の勉強もできると知って、両親を説得した。田邉さんは「僕ははっきり言って学校の勉強は苦手。だからこそもっと職業に直接つながる勉強がしたかった」と話す。

 いま、田邉さんが授業で学ぶのは映像制作やプログラミングだ。学外では「フリーランス映像ディレクター」の名刺を手に、仕事の請負も始めた。「いまは毎日『楽しい』が更新されている」という。

●慶應藤沢や灘高と渡米

 一方で、友達も増えた。N高の生徒は多種多様。同調圧力もない。趣味が同じ遠隔地の仲間とも校内コミュニケーションツールであるSlackを通じてつながる。「学校の教室の中だけで、気の合う仲間を見つけるのは大変だけど、ネットを使えば必ず仲間は見つかります」(田邉さん)

“教室”はネットや校舎だけでなく世界にも広がる。将来を考えるには、様々な出会いや刺激も必要だ。宮下空唯(くう)さんが志望校を神奈川県立の上位校からN高に変更した最大の理由は、「スタンフォードプログラムに絶対行きたかったから」。

 これはN高が提携する米スタンフォード大学が毎年夏の2週間、世界の14~17歳の高校生を対象に実施しているプログラム。宮下さんは前出の大野さんとともに英語の面接を突破。慶應義塾湘南藤沢高等部、灘高、早稲田実業学校高等部から来たメンバーと共に、カリフォルニアのキャンパスに足を踏み入れた。宮下さんは言う。

「見るものすべてスケールが大きくて驚きました。授業では仮想の国を作り上げるグループワークが特に面白くて、チリやインド、香港などから来た子たちとどういう経済や政治、軍事の仕組みや文化がいいか、語り合った。2回は無理だけど、来年も行きたいくらい楽しかった」

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