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陸上100メートル9秒台に挑戦する日本人 壁の向こうには「風に乗る」感覚

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高野祐太AERA

9秒98の歴史的日本記録を示す電光掲示板の横でポーズを取る桐生祥秀(東洋大)。高校3年で10秒01を出してから4年半の苦節を乗り越えた達成感を物語るような晴れやかな笑顔だ (c)朝日新聞社

9秒98の歴史的日本記録を示す電光掲示板の横でポーズを取る桐生祥秀(東洋大)。高校3年で10秒01を出してから4年半の苦節を乗り越えた達成感を物語るような晴れやかな笑顔だ (c)朝日新聞社

桐生が日本新を記録したレースの判定写真。1000分の1秒間隔のスリットで判定される。桐生は9秒98、2位の多田修平は10秒07のスリットでゴールを通過(写真:日本学生陸上競技連合提供)

桐生が日本新を記録したレースの判定写真。1000分の1秒間隔のスリットで判定される。桐生は9秒98、2位の多田修平は10秒07のスリットでゴールを通過(写真:日本学生陸上競技連合提供)

 だが、逆の方向から眺めてみると、別の見方も可能になってくる。多田は疲労を蓄積した状態で走りに失敗し、それでもなお80メートル地点くらいまでは桐生からリードを保っていた。タイムは10秒07の自己新で、9秒台を出した桐生とは90センチの差だった。多田の非凡さの最大の根拠は、類いまれで強靱なバネにある。それがエネルギー効率よく前方向に弾けたとしたら……。

 多田は言った。「桐生さんに必ず追いつきますと言いたい。越えていきたいですね、桐生選手を」と。

 こうしてみてくると、9秒台とその先にある世界の強豪との戦いに挑む韋駄天たちが<10秒00の壁>を前にして立ち現れた最大のテーマが、高速で体を動かすときに<脱力>するという矛盾に満ちた逆説の概念だった。そして<脱力>の技術は、孤独なスプリンターが試行錯誤し、ライバルたちが切磋琢磨するときに磨かれていく。そこには「アイデア」が「世代」を経て「選択」され「伝達」されるという、進化論のメカニズムが働く。

<脱力>とは、いわば、自然の法則に身を委ねることだ。彼らは風と一体になったとき、<壁>の向こう側の新たな世界を見ることになる。サニブラウンの語った「風に乗る」感覚が、次なる物語の行方を暗示している。

(フリーライター・高野祐太)

AERA 2017年10月2日号


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