「ビールとはブルワーの“表現”そのもの。造り手が造りたいビールをイメージして、モルトや使用するホップの種類、初期比重に発酵度数、色や苦みまでを計算してレシピに落とし込む、極めてロジカルな飲み物なのです。ブドウの出来によって味が左右されてしまうワインとはまったく違う考え方です」(日本ビアジャーナリスト協会代表の藤原ヒロユキさん)

 2004年からビール造りを始めた志賀高原ビールの醸造責任者、佐藤栄吾さんも、オリジナリティーを追求してきた一人だ。

 多くのブルワリーが原材料を海外から輸入するなか、「他の人が造れないものを造りたい」と地元でホップの栽培を始めた。長野・北信地方は、昭和30年代まで日本有数のホップの産地で、地域のお年寄りには若い頃、ホップ収穫のアルバイトを経験した人もいるほど。そんな先達に指南役をお願いし、いらない電柱をもらってきて「半ば遊び気分で」ホップの栽培を始めた。

 今夏は100人以上が収穫の手伝いに参加。取れたてホップを使った限定生ビールは、乾燥ホップには出せないフレッシュな香りがはじけ、飲み口は優しいけれど染み入るみずみずしさが感じられる、と評判を呼んでいる。

「ビール造りというと、製造の技術ばかりにこだわりがち。でも僕らの仕事は、農産物を加工してお酒にすることだから、農とのかかわりを大切にしたいんです」と佐藤栄吾さん。

 トレードマークのふくろうをラベルに描く常陸野ネストビールを造る木内酒造(茨城県那珂市)は、輸出にも力を入れる。昨年は約50カ国に1千キロリットル超のクラフトビールを輸出した。京都市では、外国人3人によるブルワリー「京都醸造」が誕生するなど、国境を越えた動きも始まっている。

 14年度末で174のブルワリーが個性を競うクラフトビール。どうやって自分好みの一品を探せばいいのか。

料理に合わせ選ぶ手も

「季節やシチュエーション、どんな料理に合わせるかによって、クラフトビールの楽しみ方は無限大。必ず好みの銘柄が見つけられるはず」

 そう教えてくれたのは、ビアジャーナリストの野田幾子さん。

 料理と合わせるペアリングのコツを覚えれば、ビールを広く深く味わえる。まずは、その料理が持つ(1)甘み、(2)苦み、(3)酸味、(4)塩味、(5)うまみに注目。一番味わいたいポイントを決める。そこにビールの持つ個性を合わせていけばいい。肉料理のうまみは苦みに合うので、それを引き立てるなら同じく個性も苦みも強いIPAを。ポン酢を使った鍋なら、酸味を和らげてくれるさわやかな甘みを持つケルシュと合うはずだ。

 奥深いクラフトビールの世界にこの秋、踏み出してみては?(ライター・まつざきみわこ)

AERA 2016年10月24日号