今月は「場面緘黙(ばめんかんもく)症」啓発月間となっているのをご存知でしょうか? 場面緘黙症とは、安心できる環境では話せるにもかかわらず、保育園・幼稚園・学校など社会的な場面では別人のように声が出せない不安症状のことです。

 子どもの頃は、よくある人見知り、恥ずかしがりな子と思われることも多く、教育現場でも「そのうち話せるようになる」と症状を見過ごされ、放置されてしまうことも多いと言います。『かんもくの声』の著者・入江紗代さんも、そんな支援のはざまからこぼれてしまった一人でした。

「私はいつも『人見知りで......』と言いながら自己紹介する人に、内心怒りながら嫉妬していた。人見知りだと最初の自己紹介で言える程度なら、どんなに良いだろう。私には言えない。それほど話すことができなかったし、人と関われなかった。だから友達ができない」(本書より)

 場面緘黙症の子どもは、学校ではおとなしく目立たないため、適切な支援に結びつかず、症状を持ち越してしまい、成人後も苦しむ人々が多く存在します。入江さんも症状を知らずに成人し、たまたまインターネットで検索して場面緘黙症を知りました。当時の心境を、以下のように振り返っています。

「<家では普通に話せるが、園や学校では話せなくなる>27歳のある日、パソコンのモニターを前に衝撃が走った。何気なく目にしたサイトに、場面緘黙(ばめんかんもく)の文字があった」(本書より)

 症状が改善しないまま成長した成人当事者は、現在進行形の「話せない」という症状の特徴ゆえに自分の「困り感」を表現することができず、受験などの進路選択や就職活動などに大きな支障が出てしまうと言います。成人に対する支援の情報は少なく、入江さんは発信の重要性を感じ、2014年に場面緘黙当事者団体「かんもくの声」を立ち上げ、試行錯誤しながら活動をスタートさせました。

 自身も、対人恐怖や被害妄想などの後遺症のような症状、深刻な二次障害に苦しんだ入江さんは、早期発見して支援を受けることの重要性を訴えます。また、まったく声が出ないわけではなく、一言二言なら答えられる、決まった文言なら言えると言った、いわゆる場面緘黙症グレーゾーンの苦しみについても、以下のように言及。

「グレーゾーンの人は、周りから理解されにくく、支援も受けにくい。自身の症状にも気が付きにくい。結果的に孤立し、すべての苦労を自分で何とかしなければと抱え込んでしまいやすい点が、もっとも危ういように思う」(本書より)

 オンラインでのコミュニケーションの可能性やSNSを用いた発信の有効性など、著者自らが模索し発信しはじめた「声にならない声」が凝縮された本書。場面緘黙症の当事者に限らず、「COVID-19(新型コロナウイルス感染症)」により、価値観の大幅な転換を迫られた現代社会に生きる私たちにとっても、非常に示唆に富んだ一冊と言えるでしょう。