話し合いを重ね、ふたりが行き着いたのは「同居人として相手を尊重する」こと。具体的には、「自分のことは自分でやる」。それがすべてだとMさんは笑う。

「食事も洗濯も、自分のことは自分でやる。私は基本的に自分で作って食べますから、料理が余れば冷蔵庫に入れておきます。それを夫が食べようが食べまいがかまわない。ひとり暮らしのふたりが同居している感覚ですね。夫の面倒を見なければならないという束縛感を私が覚えなければいいという、緩やかな卒婚です」

 夫も起業したばかりで時間が不規則。しかも突然のコロナ禍で事業が伸び悩み、事務所近くのカプセルホテルに泊まることもあった。卒婚はお互いにとって「ひとりでがんばる」原動力にもなっていた。

「自由っていいなと夫も言いだして。これならうまくやっていけると思った矢先、ハプニングがありまして」

 半年ほど前、夫が脳梗塞(こうそく)で倒れた。軽い半身まひが残り、リハビリを続けている。この間、Mさんも仕事をしながら看護に明け暮れた。3カ月前、夫はようやく仕事に復帰したが、食事や洗濯などはMさんが面倒を見ざるをえない状態だ。

「年下の夫のほうが病気になるなんて……。丈夫なのを自慢するような人でしたから、ちょっと想定外でしたね」

 夫も「きみにばかり迷惑をかけて申し訳ない」と言ったそうだ。自由になりたい、ひとりで人生をやり直したいという彼女の思いは、夫に届いていたのだろう。

「夫が精神的に少し自立して、私を思いやる言葉を聞けたのは思わぬ収穫でした。卒婚、まだあきらめてはいません」

 互いが精神的に自立し、相手の自由を心から認めることができるなら、「卒婚」は必要ないのかもしれない。(フリーライター・亀山早苗、本誌・鈴木裕也)

週刊朝日  2022年7月26日号