通常、ヒトの体の中心部の体温(深部体温)は37度程度に調整されている。一定の温度を超えると脳にダメージが生じるなどの問題が起こるため、そうならないよう、ヒトの体には熱を逃がす方法が二つ備わっている。その一つが「皮膚の血管拡張」、もう一つが「発汗」だ。

 例えば、皮膚が暑さを感知すると、その情報は脳の体温調整中枢に伝わる。そこに深部体温の情報も加わって、中枢が「暑い!」と判断すると、自律神経を介して「皮膚の血管を広げろ!」「汗をかけ!」と指令が出る。

 すると、皮膚の血管が広がり、体内の過剰な熱を運んできた血液が皮膚の表面に集まる。この皮膚と外気との温度差によって熱が体外に放出される。また、汗腺から作られた汗が蒸発するときの気化熱で、熱を逃がす。井上さんはこの発汗能力こそ、暑熱順化には重要だという。酷暑の夏を無事に乗り越えるカギは、汗をかくことにある、というわけだ。

 ただ、汗をかくにはそれなりの訓練が必要だ。なぜなら、汗腺は全身に230万個ほどあるが、筋肉と同じで使わないと衰えていくからだ。

「逆に、鍛えればどんどん汗をかけるようになります。汗腺も加齢の影響を受けるので年齢も多少関係しますが、使っていけば70歳の高齢者でも20歳の若者と同じようにたくさんの汗をかくことが可能です」(井上さん)

 では、どんなことをすればいいのだろうか。

 先のマニュアルでは、軽いウォーキングやジョギングを週5日、1回15~30分ほど行う方法を紹介している。翌日に疲労が残らない程度の運動強度から始めるのが安全だ。最初は汗を多くかけないが、慣れてくると少しずつ強度も上がり、汗をかく量も増えてくる。暑熱順化には2週間程度かかるので、焦らずじっくり取り組もう。

 また、雨の日や体調が悪い日は無理をしないで休む。1、2日運動を休んだからといって、暑熱順化がすぐに元に戻ることはないそうだ。入浴も汗をかくので、暑熱順化の手段としては有効。シャワーだけではダメで、湯船に入り、汗をかく程度に体温を上げることがポイントだ。(本誌・山内リカ)

週刊朝日  2021年5月21日号より抜粋