松山英樹の最下位に…丸山茂樹「あそこまでパットを外すということは…」 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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松山英樹の最下位に…丸山茂樹「あそこまでパットを外すということは…」

連載「マルちゃんのぎりぎりフェアウエー」

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1981年の青木さん。ハワイでの一打に僕らは勇気をもらいました (GettyImages)

1981年の青木さん。ハワイでの一打に僕らは勇気をもらいました (GettyImages)

 丸山茂樹氏は、今年の初戦で最下位に沈んだプロゴルファー・松山英樹選手を心配する。

【1981年の青木さんの写真はこちら】

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 米PGAツアーの今年初戦となった「セントリートーナメント・オブ・チャンピオンズ」(1月7~10日、米ハワイ州のプランテーションコースatカパルア)で、松山英樹(28)は最下位の41位でした。

 カパルアは英樹にとって相性のいいゴルフ場だったんですけどね。やっぱりパッティングが足を引っ張りましたね。予選落ちがない試合だったから、僕は結構いいところいくかななんて予想を立ててたんですけど、あそこまでパットを外すということはメンタルの部分に問題があったのかもしれないですね。

 続く米ツアーは「ソニーオープンinハワイ」(1月14~17日、米ハワイ州のワイアラエCC)です。締め切りの関係で結果は次号で触れたいと思います。

 僕自身はソニーオープンに14回出て、トップ10が4回ありました。もともとハワイアンオープンという試合で、1983年に青木功さん(78)が最終日の最終18番で劇的なチップインイーグルを決めて、日本選手初の米ツアー優勝を飾りました。子どものころに何度もその映像を見てましたから、非常になじみがあるというか、青木さんに勇気をもらえたコースでしたね。日本人が優勝できたコースだから、我々にも相性がいいんじゃないかと勝手に思い込んでました。

 それで大学生のときに初めてワイアラエに来て、9アンダーで回ったんですよ。知り合いに連れていってもらってね。コースやグリーンの特徴を教えてもらいながら回りました。その人がラインの読み方もめちゃくちゃ上手で。それで余計に「好き」ってなっちゃったんですよね。単純に。

 だから99年に初めてソニーオープンに出させてもらえるってときは、めちゃくちゃうれしかったですね。感動しました。


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