「深刻な労働力不足のなかで、年金だけでは生きていけない高齢者も働く時代になってきました。高齢者の貧困率は高い。その高齢者の多くは非正規雇用となっています」

 このように“定年のない時代”が到来するなか、問題となっているのが、高齢者の労災だ。労働基準監督署長にすぐに報告の提出が必要になる休業4日以上の労災の17年の発生件数は、30代、40代、50代と年代が上がるほど増え、60歳以上が最も多く3万件を超えた。死亡災害の件数も年代が上がるほど増え、60歳以上は328件と最多だった。さらに、死亡災害について1999年と2016年を比較すると、60歳以上が占める割合は、25%から32%へと高まっている。

 シニアの労災の背景について、中央労働災害防止協会・教育推進部審議役の下村直樹さんはこう話す。

「労災の発生確率が高いのは若年層と高齢者で、特に60歳以上は高止まりしています。高齢者の事故は転倒や墜落が多くを占めています。同じ骨折でも高齢者ほど治るのが長引くなど、休業日数は高齢者ほど長くなります」

 つまり、昔よりも若々しいシニアが増えたように見えても、働く上で加齢による体の衰えは侮れないのだ。筋力や視力、バランス感覚の低下といった身体面だけでなく、脳の情報処理能力も衰えてくる。例えば、ランプが点灯したらボタンを押すような単純作業ならば年齢による差はわずかだが、危険を察知して回避するといった複雑な情報処理に関しては反応時間が高齢者は著しく長くなるという。

 前出の池田さんは話す。

「高齢者になると、視力や運動能力が大きく低下する人が多く、ちょっとした身のこなしが必要な現場でけがをしてしまい、重労働になると簡単にけがをしてしまいます。高齢者は心疾患や高血圧などの持病を持つ人もいて、長時間労働になると死につながりやすいのです」

 実際には、シニアの働く現場ではどんな事故が多いのか。中央労働災害防止協会が、16年の労災について50歳未満と50歳以上に分けて、死傷病事故の種類別に千人あたりの発生率を調べた。50歳以上では転倒の数値が極めて高く、それに次いで墜落・転落も高い数値となっている。「老化は脚から」ともいうように、加齢に伴う脚筋力の低下が著しいことを物語っている。

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