しかし文面にあるように「重過失の場合を除き」という制限付きです。善意であったとしても、失敗は許されないということでしょうか。では、皮膚科医であることを理由に交通外傷の患者を断れるか? 古いものですが厚生労働省からの通達があります。

「医師が自己の標榜する診療科名以外の診療科に属する疾病について診療を求められた場合も、患者がこれを了承する場合は一応正当の理由と認め得るが、了承しないで依然診療を求めるときは、応急の措置その他できるだけの範囲のことをしなければならない」(昭和24年9月10日医発第752号厚生省医務局長通知「病院診療所の診療に関する件」)

 まとめると、皮膚科医であっても「患者さんが危険な状態なら最低限の応急処置をしなさい。ただし重大な失敗をしたら自己責任」ということになります。車内や機中、公共の場など医療機器がほとんどない状態で正確に診断し処置ができる医師がどれだけいるのでしょうか。実際にドクターコールに手を挙げない医師も多く存在します。日本での法整備は医師だけでなく、患者さんを守る意味でも必要になります。

 それは夏のお台場での出来事でした。大破した車と焦げ臭いにおい、そして救急車。ただならぬ状況に出くわした私は、迷わず現場へと駆け寄ります。

「医者です!大丈夫ですか?」

 現場のレスキュー隊員はこちらを振り返り「今のところバイタル安定しています!」と一言。

「薬剤入れるなら声かけてください。ルート(点滴のこと)とりますか?」

「まずは中から救出します!ありがとうございます!」

 Tシャツ姿の私の後ろには、いつの間にか多くのやじ馬がいます。携帯を構える若者を背に私はなんとも複雑な気持ちになります。しばらくすると、新しい救急車とともにDMAT(災害派遣医療チーム)と背中に書かれた医師が登場しました。あわせて患者も無事救出され、サイレンの音とともに現場を去って行きました。

 結局なにもできなかったな。私も現場の救急隊員を邪魔した野次馬と同じだったかもしれない。そんな思いも出来事も忘れた頃、私のもとにある連絡が入ります。事故現場で連絡先を聞いてきた救急隊員からでした。

「あの時は現場にいてくださってありがとうございました。先生がそばに居てくれただけで現場の救急隊員に安心感が生まれました。本当にありがとうございました」

 ああ、よかった。勇気を出して名乗り出た意味はあった。

 私はこれからもドクターコールに応じるつもりです。そして、医者や航空会社任せではない法律が日本でもできることを待っています。

◯大塚篤司(おおつか・あつし)/1976年生まれ。千葉県出身。医師・医学博士。2003年信州大学医学部卒業。2012年チューリッヒ大学病院客員研究員を経て2017年より京都大学医学部特定准教授。皮膚科専門医。がん薬物治療認定医。がん・アレルギーのわかりやすい解説をモットーとし、作家として医師・患者間の橋渡し活動を行っている。Twitterは@otsukaman

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大塚篤司

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大塚篤司(おおつか・あつし)/1976年生まれ。千葉県出身。医師・医学博士。2003年信州大学医学部卒業。2012年チューリッヒ大学病院客員研究員、2017年京都大学医学部特定准教授を経て2021年より近畿大学医学部皮膚科学教室主任教授。皮膚科専門医。アレルギー専門医。がん治療認定医。がん・アレルギーのわかりやすい解説をモットーとし、コラムニストとして医師・患者間の橋渡し活動を行っている。Twitterは@otsukaman

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