荒木:06年夏の早実の戦いもそうですが、やはり高校野球は何かが起こり得る世界なんですよね。だからこそ、多くの方がひきつけられて楽しめるのだと思います。07年の佐賀北と広陵(広島)の決勝もそうですね。追い詰められていた佐賀北が、終盤に逆転満塁本塁打で試合をひっくり返して優勝したあのゲームも印象深いものがあります。満塁本塁打を放った副島(浩史)くんと話をする機会があったのですが、球場の雰囲気を含めて、すべての力が自分たちのほうへ向いていたようだった、と言っていました。甲子園の空気が急に変わった、と。甲子園にある大逆転を期待する空気。今はそれが普通になっていますが、その流れができたのは07年夏の決勝あたりからではないでしょうか。


渡辺:球場の雰囲気は、選手たちに大きな影響を及ぼすものですよね。実際、私自身もその力を感じたことがありました。98年夏の準決勝(明徳義塾戦)で終盤に松坂大輔(現ソフトバンク)がテーピングを外してマウンドに上がったとき、球場の大歓声に体が揺れ動いて倒れそうになったものでした。

──球場の熱気が勝敗の行方を左右したゲームでは昨年夏の98回大会。9回裏に4点差をひっくり返して10対9で東邦(愛知)が八戸学院光星(青森)を下した2回戦が思い出されます。

渡辺:最終回、東邦はバットの芯でとらえていました。球場の雰囲気に、東邦の選手たちが「乗った」ゲームでしたね。技術以外の何かを感じたものでした。

荒木:観客のみなさんはドラマを期待するんですよね。ただ、甲子園の異様な雰囲気の中で打たれて敗れたピッチャーのことを考えると、その後の野球人生において、あの試合がトラウマにならなければいい。そう思ったりもします。

渡辺:昨年の大会では、北海(南北海道)のエースである大西(健斗)投手が印象深いですね。ストレートとスライダーで打ち取る、いわゆる普通のピッチャーでしたが、試合を重ねるごとに自信をつけて成長していった。準決勝では、前評判の高かった強打を誇る秀岳館(本)の打球が、ことごとく野手の正面をつく。一方、北海は野手の間をしぶとく抜ける打球で得点を重ねて勝利するわけですが、高校野球が持つ不思議な力を感じたゲームでした。一生懸命にやっていれば、必ずチャンスは来るというのを改めて感じたものでした。どんなチームでも甲子園に来たら「絶対に諦めない」という、まさに高校野球の教科書のようなゲームだったと思います。

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