ドラァグクイーンとしてデビューし、テレビなどで活躍中のミッツ・マングローブさんの本誌連載「アイドルを性(さが)せ」。今回は、「ドナルド・トランプ」を取り上げる。

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 よもやまさか、本当にアメリカ大統領の座を射止めてしまったトランプ氏。オカマじいさん。彼の過激で非常識な言動、思想や方針は必ずしも賛同されるものではないのは明らかです。それでもトランプを当選させてしまうほど、ヒラリーでは嫌だという感情が勝ったことだけは分かりました。しかしながら今回の結果は、アメリカもしくは世界の人々が抱えているであろう本音や深層心理を、改めて浮き彫りにしたのではないでしょうか。

『差別をなくそう』。長い年月をかけて世界は、この理想を掲げ律してきました。人種、性別、宗教、出自など、世の中はあらゆる『差』を生じさせながら成り立っており、それらの『差』が、優越や上下といった価値観に置き換えられることで『差別』が生まれます。もちろん、理不尽で暴力的な蔑視や排除は言語道断ですが、それでも生理的な違和感や嫌悪感は、多かれ少なかれ人の心の奥底に渦巻いていて当然なのです。それを無闇やたらに平等意識だけを煽り続けた結果、少数派からすれば「直接的な差別は薄れても、結局何も変わっていないという不満や疑念」が鬱積しているのが現状。一方で、多数派側も「何をするにも、尊重と慎重さに縛られていることへの辟易感」がピークに達しています。どんな事柄・立場にも権利意識を持ち、主張するのが当たり前となった半面、世の中の寛容性はどんどん失われ、無理に取り繕ってきた軋轢(あつれき)が、爆発しているように感じるのです。

 
 そんな勢いに便乗して、今一度「根っからの保守性」を振りかざすつもりでいる古い世代の代表がトランプ氏であって、双方のモヤモヤしている人たちの行き場のない感情が、彼の乱暴さと妙な共鳴をしてしまったのでしょう。実際、トランプ氏が当選した途端に、明白な差別的言動が表立っていますし、反トランプ派による節操のない反対行動や権利の主張も、人としてのバランス感覚を失っているように見えます。どちらも勝手に、トランプ当選を『(タガを外す)GOサイン』と解釈していて非常に性質(たち)が悪い。要するに人は、自分の都合しか考えていない生き物であるということに尽きるのです。遅かれ早かれ、律するには限界のある善と悪、理想と現実の破綻は避けられないといったところでしょうか。そんなことを言うと、まるで差別論者のように聞こえるかもしれませんが、少なくとも今の「平等至上社会」の強引さと、嘘臭さへの本音が顕になったのが大統領選挙結果なのだと思います。きっと、こんなことをこれから先も繰り返しながら、願わくば自分と周りの幸福だけを追い続けていくのが世の中ってものなのでしょう。

 それにしても次期大統領さん。散々自国の都合だけで好き勝手やってきて、今さら「もうアメリカには甘えるな」とは、逆ギレも甚だしい。どんだけ『自由の国』なんでしょうか。一度鎖国でもされて、いろいろと見つめ直してみたらよろしいのでは? オリンピックが始まる頃に、我が国の防衛大臣と東京都知事が、開国を迫って差し上げますので。そう言えば、トランプ当選が確定した際の稲田防衛大臣の「想定内です。うふふ」という肝っ玉なコメントが何とも頼もしく、さすが日本海育ちの敏腕女弁護士なだけはあると、妙に好感度が上がってしまいました。相変わらずメガネの位置は気になりますが。

週刊朝日 2016年12月2日号

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ミッツ・マングローブ

ミッツ・マングローブ

ミッツ・マングローブ/1975年、横浜市生まれ。慶應義塾大学卒業後、英国留学を経て2000年にドラァグクイーンとしてデビュー。現在「スポーツ酒場~語り亭~」「5時に夢中!」などのテレビ番組に出演中。音楽ユニット「星屑スキャット」としても活動する

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