「陽子線・重粒子線はターゲットの病巣に最も強い線量があたり、そこで止まります。病巣奥の線量はゼロ。がん周囲の正常組織の被曝が避けられるのです。定位照射ではエックス線の通過を考慮し、照射線量を抑えますが、陽子線・重粒子線では線量を十分にかけることができます」(同)

 陽子線・重粒子線でもがんの個数は三つまでと制限がある。しかし、大きさは基本的に無制限。肝臓の片側いっぱいに広がっているような場合にも対応可能だ。

 東京都在住の井上俊之さん(仮名・60歳)は2年前の健康診断で肝機能の数値の悪化を指摘され、精査したところ、画像には肝臓の右側を占拠した巨大な腫瘍が映し出された。診断は肝細胞がん。その一部は門脈に浸み込み、肝臓外にも広がっていた。

 幸い肝機能は良好だったため、手術で肝臓の4分の3を切除し、術後仕事に復帰できた。しかし、5カ月後、残された肝臓にがんが再発した。再切除は難しく、肝動脈塞栓療法を行ったが、4カ月後にまた再発。血管内にもがんは浸潤しており、塞栓療法の実施も難しい状況だった。井上さんは筑波大学病院陽子線治療センターの扉をたたいた。

「手術で切除した断端近くに腫瘍があり、肝臓内部に向かって血管内を8センチにわたって浸食していました。ただ幸いにも残肝が再生し、肝機能も残っていました」(同)

 井上さんは20回同センターに通院し、合計66グレイの陽子線治療を行った。その結果がんは消滅。治療中、治療後は副作用もなく、肝機能も安定している。

「まだ再発の心配もありますが、標準治療が困難と言われてから1年半、充実した毎日を過ごされています。患者さんには、とにかく選択肢を多く持ってほしい。セカンドオピニオンで来ていただくことも一つの方法だと思います」(同)

週刊朝日2016年11月25日号より抜粋