「普通のサラリーマンなら30歳以降に辞めるのはリスク以外の何物でもない。正社員なら、絶対に会社にしがみつけ」

 やたらに転職がもてはやされる時代。最近の雇用環境も悪いニュースばかりではない。リーマン・ショックを底に上がった全国の有効求人倍率も1.37倍(8月)と過去20年間で最も高い。安倍晋三首相も9月26日の所信表明演説で「47全ての都道府県で1倍を超えています。史上初めてのこと」とアベノミクスの自画自賛ネタにしたぐらいだ。まさに転職希望者にとっては絶好機、求職者の“売り手市場”にもみえる。

 そこで今年のオリコン顧客満足度調査で男性1位を獲得したという転職サイト大手「エン・ジャパン」を訪ねて聞くと、この数字、なんだか怪しい。

「景気ウォッチャー調査などでみても、今景気は下がりつつあります。通常であれば、有効求人倍率も景気の動きに合わせて半年遅れで下がってくるのですが、今は逆転し、上がっている状況です」(人材紹介事業部の菊池篤也事業部長)

 景気が悪いのに求人の数が求職者より多いとは、どうしたことか。

 国内の生産年齢人口(15~64歳)は1995年の8716万人をピークに減少に転じ、2013年には7901万人と32年ぶりに8千万人を下回った。つまり求職者自体が減っている。これは求人倍率が強く出る要素だ。だがそれだけではない。採用側と求職者側の不一致、ミスマッチの溝がここ1、2年とくに深まっている、というのだ。

 菊池氏によると、最近色濃くなっているのは「わがままな採用」と「わがままな転職」の落差。転職市場でとくに問われるのは「年齢相応の能力」だが、それを兼ね備えた人材が減っているという。これは最近目立つ転職を繰り返す若年層と無関係ではない。

「職務経験を十分積んだ人材が転職すればうまくいきますが、経験不足の若年層が転職を繰り返せば、何度も経験を“リセット”することになる。その結果、脂が乗るはずの30代半ばでも年代相応の考え方、スキルが身についていない。さらに人から怒られた経験が少ないためか、分別ある人の割合も減っている実感があります。入社数年で転職する『第二新卒』を各社が06年ごろから積極採用したツケ、『ゆとり教育』の影響とも考えられます」(菊池氏)

 もちろん採用側が求める質も関係する。菊池氏はこう続ける。

「求人自体も二極化しています。ものすごく高いスペックを求めている求人と、アルバイト的な求人です。その中間に位置するような求人があるようでない。でも世の求職者はバイト的なものは嫌い、中間ばかりを求めているのが実態です」

 ミスマッチは若い求職者だけに限った話ではない。30代、40代は管理職系の転職市場の主役。この世代には「マネジメント能力」も求められる。

 だがここでも環境の劇的な変化が影を落とす。ご存じのとおり、あらゆる業種で女性社員の数が増え、今後は企業側が非正規雇用の社員を増やす可能性もある。ところがミドル世代が持っているはずの「管理職経験」も、男性や正社員ばかりの職場での「飲みニケーション」頼みだと、使い物にならない。「転職者側もそのような会社は選ばないと思いますが、採用側も面接段階で『合わない』と判断します」と菊池氏。このミスマッチも有効求人倍率を高める要素だ。

 つまり現在の有効求人倍率の高さは、転職希望者が売り手市場なわけではなく、採用側が求める人材と求職者側の能力のギャップがいかに深いかを象徴しているのかもしれないのだ。

週刊朝日  2016年10月21日号より抜粋