東京都中野区の路上に大看板がそびえ、あの坂本一生(43)がさわやかなスマイルを浮かべていた。

<どんなお困り事もお任せ下さい>

 1993年に「新加勢大周」として芸能界デビュー。のちに坂本一生と改名した。バラエティー番組にタンクトップ姿で出演していたのが印象的だったが、やがて露出は減る。トラック運転手、レストラン店長、コピー機搬入と転職を重ねて、2011年に便利屋デビューした。全国170店舗チェーンの「便利屋! お助け本舗」の取締役。有名人の名義貸しビジネスではなく、杉並店を任され、毎日現場に出て作業する。芸能活動は依頼があったときにする程度なので、完全に便利屋が本業になっている。

 今でも週3回2時間のトレーニングをこなすというが、よく焼けた肌、二の腕の太さ、胸板の厚さはすごい。これなら何でも解決してくれそうだ。重い荷物の移動や引っ越し手伝いなど、パワー系の仕事はもちろん得意。

「今年の大雪のときに、都内で3日間寝ずに50軒ぐらいの雪かきをやりました」

 一人で作業し、行く先々で差し入れされた。

「3日間でうどん10杯、汁物20杯、肉まんやあんまんが10個、おにぎりは数えきれません。気持ちが嬉しくて全部食べるんですが、雪かきよりも大変でした」

 一方、便利屋になって高所恐怖症だったことに気づいた。庭木が電線に引っかかるので枝を切ってほしいと依頼を受け、下を見ると、急にガクガクしてきた。

「他の社員に上で切ってもらって、僕がそれを拾う係。でも、あちこち散らばるのを拾わないといけないんで、下のほうが大変なんですよ」

 落ちてくる枝をあっちこっちと動いて拾い集めるマッチョマンであった。

ジャニーズのグループのチケット確保に深夜から並ぶこともあります。男は僕らだけで、ちょっと恥ずかしかったですね」

 奥の深い便利屋稼業に徹しているようだった。

週刊朝日  2014年8月29日号