皇族の帽子デザイナー逝く 病室には美智子さまのスープ 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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皇族の帽子デザイナー逝く 病室には美智子さまのスープ

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自ら経営する「ブティックサロン・ココ」(東京都港区)でくつろぐ平田さん(中央) (c)朝日新聞社 

自ら経営する「ブティックサロン・ココ」(東京都港区)でくつろぐ平田さん(中央) (c)朝日新聞社 

 皇后美智子さまを始め、皇族方の帽子デザイナーとして知られる平田暁夫さんが3月19日に亡くなった。享年89。心臓病やがんなどと40年近く闘いながら、帽子作りへの情熱を最後まで失わなかった。平田さんが最後に手がけた作品は、伊勢神宮参拝で美智子さまが着用した帽子であった。

 闘病生活が長い平田さんは1月末、胃酸が食道に逆流する、逆流性食道炎で日赤医療センター(東京都渋谷区)に入院した。平田さんのスタッフが、完成間近の帽子を病室に運んでくると、平田さんは「少し、こう変えて」と指示を出す。参拝用の、白い帽子とドレスの素材は、純日本産の蚕、「小石丸(こいしまる)」の繭で紡がれた絹織物だ。外国産の蚕に淘汰(とうた)され、一般に生産されなくなった。美智子さまがそれを惜しみ、皇居の紅葉山御養蚕所で飼育をはじめた。平田さんの妻、恭子さん(85)が振り返る。

「もう、針を持って縫う力はありません。しかし素材を熟知した平田が、少し手を加えると、帽子は表情を変えて輝きだすのです」

 病室で平田さんは、美智子さまへの最後の帽子を完成させた。3月14日。恭子さんは帽子を携えて、両陛下の住まいである御所を訪ねた。美智子さまは、帽子の仕上がりを確認すると、

「入院する平田さんに飲んでほしい」

 と、白い容器に入った特製のコンソメスープを恭子さんに渡した。だが平田さんは、もう1カ月半も点滴で命をつなぐ状態だった。

「ありがたいことですが、本人はいま、何も食べられません。もったいない」

 丁重に辞退すると、美智子さまは、夫を支える恭子さんの体を気遣った。

「それならば、あなたが飲んでちょうだい」

 美智子さまの心遣いに、恐縮しながら御所を出た。そのまま、平田さんの入院先へ向かうと、担当医から、平田さんの衰弱が激しいことを告げられた。「もう、好きなものを食べさせていい」と医師は言い、「最期をみとる場所は、自宅がいいか、病院がいいか、考えておいてください」と言葉を継いだ。

 病室に入った恭子さんは、平田さんに話しかけた。

「皇后さまから、スープを頂いたの。飲んでちょうだい」

 平田さんはうなずいて、スープを、一口、二口と、ゆっくりと含んだ。

「濃厚でおいしいね」

 会話もままならず、ぐったりとしていた平田さんが、急にいろいろとしゃべりだした。恭子さんが言う。

「皇后さまのお気持ちが、うれしかったのでしょう」

週刊朝日  2014年5月9・16日号より抜粋


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