芸能にも造詣が深い心理学者の小倉千加子氏は、本誌連載『お代は見てのお帰りに』の中で、数々の名作と呼ばれる韓国ドラマを手がけてきた監督のイ・ビョンフン氏の言う「ドラマが成功する条件」をこう紹介した。
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『宮廷女官チャングムの誓い』『イ・サン』『トンイ』などの韓国歴史ドラマは、地上波の前にまずBSで放送された。そこで一定の評価を得ると、地上波に降りてくるのである。
家庭の中で言えば、韓国歴史ドラマの面白さを認めた中高年層の妻が夫に「あなたも見ておかなくちゃダメよ」と一緒に見るように薦めることもあって、中高年男性の間にも人気が高まっていく。
海外旅行とドラマとマンションは妻が選ぶのである。
そもそもNHKの大河ドラマと韓国の歴史ドラマは何が違うのだろうか。
「韓国時代劇の巨匠」と呼ばれるイ・ビョンフン監督は、時代劇のキャスティングは現代ドラマのそれほど容易ではないと言う。時代劇は俳優の拘束期間が長いために承諾を得るのが他のドラマよりもはるかに困難なのである。オープンセットの撮影では夏の暑さ、冬の寒さに耐えなければならない。また、時代劇の演技に必要な腹式呼吸・腹式発声ができなければならない。キャスティングをドラマのプロデューサーは「苦痛の川」と表現するという。
『韓流時代劇の魅力』(集英社新書)の中で、イ・ビョンフン監督はキャスティングを「空の星をつかむようなもの」と述べている。手を伸ばしても決して触れることはできず、近づくほど遠い存在に感じられる。
『チャングム』の主人公を演じたイ・ヨンエも、イ・ビョンフン監督には空の星のような存在であった。彼女ほどのトップスターが時代劇に出てくれるはずがない。案の定、連絡をとっても「時代劇はやらない」と断られた。が、監督が藁にもすがる思いでイ・ヨンエのマネージャーに「では、これだけでも見てから決めてください」と『チャングム』のシノプシスを渡したところ、数日後にイ・ヨンエから会いたいという返事が来た。
この時点でイ・ビョンフン監督は、イ・ヨンエのような有名な女優が出てくれれば作品はヒットすると心の中で快哉を叫んだ。やがて『チャングム』がアジア全土に輸出され、韓国時代劇ブームが始まることまでは予期していなかった。同時に、イ・ヨンエが撮影に入ればどんなに苦しくても挨拶と笑顔を絶やさず、常に明るく振る舞って現場の士気を高める責任感の強い人であることも知らなかった。
数日後、イ・ヨンエは出演契約書にサインをし、宮廷料理を熱心に習い始めた。
イ・ビョンフン監督にとってドラマを作るに当たってのモットーは二つある。「一つは〈ドラマは面白くなければならない〉。ドラマはエンターテインメントである。楽しくないドラマはドラマではない。
もう一つは〈ドラマは有益でなければならない〉。ドラマはマスメディアである。多くの情報を老若男女に伝達する公益的な機能を持つ以上、人々に意味のあるものを伝達し、いい教訓を示し、いい影響を与えねばならない。私の作ったドラマが文化も歴史も違う日本で受け入れられたのは、こんな私のモットーが世界共通だったからではないかと思っている」
「面白さ」と「有益さ」。
監督は主役の女優をどの作品よりも美しく撮ることには自信がある。
『チャングム』に出演するまで、現代ドラマの女優であるイ・ヨンエのチマチョゴリ姿は想像できなかった。撮影初日、イ・ヨンエが緑色と藍色のチマチョゴリをまとって現れると、輝くばかりのオーラが出ていて、撮影チームはもちろん、記者もみな彼女の美しさに圧倒されたという。
主人公が美しくてオーラが出ていることは「面白さ」の最大の条件である。
※週刊朝日 2014年2月7日号