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鈴子

鈴子

昭和生まれのライター&編集者。神社仏閣とパワースポットに関するブログ「東京のパワースポットを歩く」(https://tokyopowerspot.com/blog/)が好評。著書に「怨霊退散! TOKYO最強パワースポットを歩く!東東京編/西東京編」(ファミマ・ドット・コム)、「開運ご利益東京・下町散歩 」(Gakken Mook)、「山手線と総武線で「金運」さんぽ!! 」「大江戸線で『縁結び』さんぽ!!」(いずれも新翠舎電子書籍)など。得意ジャンルはほかに欧米を中心とした海外テレビドラマ。ハワイ好き
あなたの知らない神社仏閣の世界
いまの日本に必要な、戸隠神社が持つ力とは
いまの日本に必要な、戸隠神社が持つ力とは このところの世界中の混乱は、まるで天照大神が天岩戸に隠れ世の中が真っ暗になってしまった時に魑魅魍魎が蠢いていた世界のように感じる。誰もかれもが他人を批判し、明るい話題を口にしない世の中は、“妖”にとってさぞや自由気ままに動きやすいことだろう。あの時は、困った神々が天の安河の川原に集まり、対策を話し合った。そして、八百万の神々が協力して明るい世界を取り戻す智慧を出し合ったのである。
今日が命日の紀伊国屋文左衛門 謎多きその人生とは
今日が命日の紀伊国屋文左衛門 謎多きその人生とは 有名人の割に詳しいことがよくわからない歴史人というのは数多いが、中でも今日4月24日(旧暦)が命日の紀伊国屋文左衛門ほど実際が不明な人も珍しい。文左衛門伝説で随一である「みかん船伝説」でさえ創作であるとする研究者もいるくらいなのだ。これは、文左衛門自身が自叙伝的なものを残すことを嫌ったためとも、当時他人のプライバーシーを侵害するような書物を禁止する触れ書きが出されていたこととも関係しているようだ。加えて、幕末に出された「黄金水大尽盃」(文左衛門を主人公に12年間も続いた長編小説)も大いに影響を与えてしまっている。のちに出版された「大日本人名辞書」にさえ、この小説による虚構が史実として引用がされているのだ。
没後1400年の聖徳太子 いまだ解明されない複数の謎とは
没後1400年の聖徳太子 いまだ解明されない複数の謎とは 奈良・斑鳩の法隆寺 聖徳太子の画が採用されたお札は数種 世田谷の太子堂(円泉寺)の境内に立つ聖徳太子像  今年は、聖徳太子の「千四百年御聖忌」にあたるということで、由縁の奈良・法隆寺や大阪・四天王寺で関連行事が行われるほか、奈良博やトーハクでも、「聖徳太子と法隆寺」という特別展が予定されている。博物館では、秘仏や国宝仏などがズラリ展示されるほか、聖徳太子にまつわる品々が一堂に会し聖徳太子信仰の一端を知ることができる。
今年も花見は自粛ムード さくらの神はなに思う
今年も花見は自粛ムード さくらの神はなに思う 上野・不忍池にできた花筏 吉野山・吉水神社から望む一目千本桜 五稜郭の桜 高遠城址・桜雲橋を覆う桜  すでに東京では満開の時期がすぎてしまったようだが、今年は全国的にさくらの開花が例年より10~12日ほど早いらしい。ここ数年、毎年例年より早い、という年が続いていて、この言い回しはもう時節にあわないのではないかと思えるようになってきた。実際、十数年前、桜は入学式を彩る花のイメージだったが、今ではすっかり卒業式のころに咲く花となってしまった。特に今年は、ゴールデンウィークに見ごろを迎えていた青森や北海道南部あたりも、すでにそれ以前に満開を迎える予測が出ている。
上杉謙信と武田信玄 神仏の分捕り合戦に翻弄された戸隠神社
上杉謙信と武田信玄 神仏の分捕り合戦に翻弄された戸隠神社 明治時代に創建された謙信を祭神とする上杉神社 春日山城に立つ上杉謙信像 高野山奥の院にある上杉謙信廟  旧暦の3月13日は上杉謙信の命日である。3月15日に次の戦に向けて出発する予定でいたところ、居城であった春日山城で倒れ、昏睡状態のまま亡くなったようだ。享年49、死因は脳溢血だったのではないかと考えられている。妻帯せず子がいなかったことから、謙信の死後、家督騒動が持ち上がったことは大河ドラマにもなった話でご承知の通りである。上杉謙信といえば、宿敵であった武田信玄もこれに先立つ5年前に53歳で病死している。信玄の死亡は3年秘匿されていたというから、世間的には謙信と信玄は相次いで死去してしまった感じだっただろう。ここから織田信長の勢力が一気に増したと言える。
日本神話上、「最も古い神さま」なのに歴史が浅い理由
日本神話上、「最も古い神さま」なのに歴史が浅い理由 久留米の全国総本宮・水天宮 妙見本宮 千葉神社 武蔵国四宮_秩父神社  先日、お参り大好き集団界隈で有名な神社の禰宜(ねぎ)が、わいせつ行為で逮捕された。ご本人は否定されているようなので事実関係については触れないが、この社が有名になった理由のひとつに祭神が天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)を祀っていたことがあるように思う。もちろん、変わったお守りの授与もあっただろうが、私のブログでも天之御中主神は人気の神さまで、時折アクセスが集中したりもする。
後世の政策に影響を与えた平安時代の大反乱者とは
後世の政策に影響を与えた平安時代の大反乱者とは 改修前の将門塚 首級が晒された場所には空也が塚を建てて供養した(現在の神田神宮) 「御首神社」の鳥居扁額  日本ではあまり報道されていないが、現在、世界中のかなり多くの都市で過激なデモ行動が続いている。デモの理由は各国によってさまざまであるが、先進国でも発展途上国でもデモ隊の行動はあまり変わらない。病気蔓延を抑える目的で行われてきた、行動封鎖に対するうっ憤もかなり溜まっていたところでもあり、抗議行動はなかなか治らないようだ。
節分で「ワタナベさん」が豆まき不要な理由
節分で「ワタナベさん」が豆まき不要な理由 港区三田にある「綱坂」 平安神宮で行われる平安時代の節分宮中行事を再現した「大儺之儀」(令和3年は中止)  少し早いが、2021年は暦と天球の調整が現れる年なので節分の話をしておこうと思う。ご承知のように現在、世界中のほとんどの国で使われている暦はグレゴリオ暦(太陽暦)で、太陽の動きをもとに作られたものである。日本は明治6年から天保暦(太陰太陽暦という月の動きを中心としたもの)をグレゴリオ暦へと変更したという歴史がある。
コロナ禍で人出減少 令和3年の初詣は本来の姿に戻った?
コロナ禍で人出減少 令和3年の初詣は本来の姿に戻った? 竹寺境内に立つ牛頭天王像 蘇民将来のお守り 秋田「東湖八坂神社」の祭り「牛乗り」を象ったスサノオ像(スサノオの村内)  令和3年のお正月は、政府・自治体による自粛要請のせいもあって、二年参りや初詣を自粛された方も多かったのではないかと思う。元旦も家で過ごされた、初詣は家の近所でという方も多かっただろう。日本のお正月は古来そのようなものであったので、今年のお正月は本来の姿に戻ったともいえるのかもしれない。
2021年大河ドラマの主人公&新一万円札 いまさら聞けない渋沢栄一の足跡
2021年大河ドラマの主人公&新一万円札 いまさら聞けない渋沢栄一の足跡 浅草寺の有名な雷門は、松下電器産業(現パナソニック)の社長・松下幸之助氏の寄進で再建され、吊るされた大きな提灯にその名が記されていることはよく知られた話である。このほか、明治以降に活躍した財界人たちは、神社仏閣の保存・維持に大いに尽力し、古き良き時代の姿を現在に留めている。
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