1994年3月、沖縄のマグロ延縄漁船の船長本村実が、37日間におよぶ太平洋での漂流から生還を果たした。その8年後、本村は再びマグロ漁に出たまま消息を絶ってしまう。
 死ぬ思いをしながらも、なぜ彼はまた船に乗ったのか。当人に聞けないがゆえ、今も帰りを待ち続ける妻や親族、同郷の沖縄・伊良部島「佐良浜」の漁師たち、救助したフィリピンの人々へと取材の網をひろげていく。
 証言の数は膨大だ。探検家でもある著者は、マグロ漁船に乗船し、船酔いでへろへろになりながらも、漁民のあり方に思いをめぐらせる。表に現れない「行方不明船」の多さにも驚かされる。
 蟻の穴を塞ぐかのような執拗な聞き取りの積み重ねから見えてくるのは、遠洋マグロ漁の栄枯盛衰であり、海以外に術を持たない「海洋民」の生活史である。

週刊朝日 2016年10月7日号