大報恩寺(京都市)十大弟子立像の一つ、富楼那立像(撮影:佐々木香輔)
大報恩寺(京都市)十大弟子立像の一つ、富楼那立像(撮影:佐々木香輔)

■光で暗闇をつくる極意

 初めて納得のいく写真が撮れた日のことははっきりと覚えている。14年に開催された奈良博の特別展「国宝 醍醐寺のすべて」に向けて、快慶が造像した弥勒菩薩を撮影したときだった。

 そこで佐々木さんが口にしたのは、「光で暗闇をつくる」という、仏像撮影の極意である。

「師匠から『光で暗闇をつくれ』と、何回も言われていたんですよ。でも、当時はよくわからなかった。うーん、はあ、みたいな」

 例えば、暗闇に浮き立つ仏像を撮影するには黒い背景を置いて写せばよい。ただ、それだけでは黒い背景に切り抜いた仏像をはめ込んだような安っぽい写真になってしまう。深みのある暗闇をつくるには仏像に光を当てると同時に、背景にまわり込む「光を切る」作業が必要となる。それによってシャドーからハイライトへつながる美しいグラデーションも生まれる。

「快慶の弥勒菩薩を撮ったとき、偶然、光を切る必要性に迫られて撮ったら、暗闇から仏像が浮かび上がってくることをすごく実感した。明らかにそれまでに撮ってきた写真とは違う仕上がりになった。ああ、師匠はこういうことを言っていたんだと、わかりました。ずいぶん時間がかかりましたね。そんなこともあって、快慶が作った仏像にはとても思い入れがあります」

大報恩寺(京都市)十大弟子立像の一つ、富楼那立像(撮影:佐々木香輔)
大報恩寺(京都市)十大弟子立像の一つ、富楼那立像(撮影:佐々木香輔)

 さらに佐々木さんは「仏像の作られた時代によって似合う光の使い方がある」と言い、昭和の時代に活躍した巨匠・土門拳を挙げた。土門は社会的なテーマを追う一方、仏像の撮影に生涯打ち込んだ。

「土門拳は平安時代初期の『一木造(いちぼくづくり)』という、大きな木を彫って作ったちょっと呪術的な感じの仏像を好んで撮ったんですけれど、そういう仏像にはもともとすごく迫力がある。それをクローズアップして、ストロボの強い光をバチっと当てて撮影した」

 それに対して、佐々木さんは快慶の仏像をやわらかい光でとらえて、美しいグラデーションを出すことにこだわる。

「快慶は阿弥陀さんを多く作ったんですけれど、その魅力って、やはり親しみやすさだと思うんです。金泥のハイライトがなだらかに闇から浮かび上がってくる感じで撮影して、それを表現する」

■恵まれた環境を捨てた

 佐々木さんは今回の写真展について、20年に奈良博を辞め、ひと区切りつけたい気持ちがあるという。

「奈良博は仏像を撮るにはとても恵まれた環境でしたけれど、仏像だけを撮っていても満たされない作家的な気持ちがありました。ぼくは福島の原発被災地や人の部屋などを撮っています。フリーの写真家として生きていくのは厳しいですが、恵まれた環境を離れることで見えてくるものがあると思います」

 インタビューのなかで、佐々木さんは快慶の人物像について、こう語った。

「快慶さんは『三尺(約90センチ)阿弥陀』というものをずっと作るんですね。その中に『結縁者(けちえんしゃ)』といって、昔の人が自分の名前を書いて納める。そこには貧しい人たちや遊女の名前も残されている。いろいろな人を助けたいという気持ちがすごく強かったんだと思います」

 光を繊細に操る表現だけでなく、目指す写真の方向性についても快慶の仏像に共感を覚えるのかもしれない。

アサヒカメラ・米倉昭仁)

【MEMO】佐々木香輔写真展「快慶 ひかりを刻む」
キヤノンギャラリー銀座 4月4日~4月15日
キヤノンギャラリー大阪 8月1日~8月12日