今回は、文章が重要な意味を成す作品が多かったが、殊に清水裕貴の作品は、一種、「絵本」的なスタイルで、濁りを帯び、多方向からの干渉を被った記憶のようなイメージが印象的だった。しかし、文章を俟(ま)って完成するように構想されたその世界は、写真賞の選考会という場では、若干、写真自体の強度不足と取られる不利な点もあった。

 吉田多麻希は、人新世の環境破壊の被害を被る動物たちの存在を、鮮烈な、ディストピア的に孤独な世界を通じて可視化している。現像に際して混入した我々の日常が排出する環境汚染物質の効果という技法が斬新だった。

 受賞は新田樹で、選考委員の全員が感嘆したこの技巧的な写真集は、日本統治時代に樺太に住んでいながら、戦後、ソ連領となった後、多くの日本人とは違い、帰国が叶わなかった韓国・朝鮮人とその家族の記録である。政治的批評性に於いても卓越しているが、人物の皺の一本一本に刻まれた複雑な時の流れを、その社会と自然への大きなスケールの視点を背景に活写している。重厚でシャープな傑作として高く評価したい。(小説家・平野啓一郎氏) 

撮影・松永卓也(朝日新聞出版写真映像部)、文・長谷川拓美(朝日新聞出版)