高額年俸からロッテを放出された大村だったが、その後、トレードを決めたフロント首脳が退任。最下位に沈んだチームの再建のため、「呼び戻せるなら呼び戻したい」(重光昭夫オーナー代行)と受け皿も整い、すんなり元の鞘に収まった形だ。

 登録名をサブローに戻した翌12年は、自己最多の137試合に出場した。

 一方、34試合出場にとどまった鶴岡も「やはり16年間かかって取ったFA権なので」とこれまた出場機会を求め、「ツルの力を貸してほしい」(高田繁GM)の言葉を意気に感じて、古巣・DeNAに4年ぶりに復帰。翌12年は自己最多の102試合に出場し、2年間正捕手を務めた。

 5人目は、13年オフの小笠原道大だ。

 日本ハムからFA移籍後、リーグ3連覇に貢献した“巨人の救世主”も、11年以降は出番が減り、13年は22試合で打率.250、1本塁打、8打点に終わった。

 球団から来季は構想外であることを告げられると、「まだやれる自信がある?そういう気持ちがなければ、今日に至っていないと思います」と2度目のFA権を行使した。

 そして、落合博満GMの「必要だから来てくれ」のラブコールに応えて3球団目の中日へ。14年は代打の切り札として歴代2位の代打9打席連続出塁を記録するなど、ベテランの味を存分に発揮した。(文・久保田龍雄)

●プロフィール
久保田龍雄/1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新刊は電子書籍プロ野球B級ニュース事件簿2021」(野球文明叢書)。

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久保田龍雄/1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。

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