悲惨な状況に置かれている子どもを救うことが先決です ※写真はイメージ (c)GettyImages
悲惨な状況に置かれている子どもを救うことが先決です ※写真はイメージ (c)GettyImages

 うつ病を克服し、偏差値29から東大に合格した杉山奈津子さんも、今や小学生の男の子の母。日々子育てに奮闘する中でとり入れている心理テクニックや教育方法をお届けします。今回は「親ガチャと虐待」についてです。杉山さん自身が心理カウンセラーとして学んできた学術的根拠も交えつつ語る『東大ママのラク&サボでも「できる子」になる育児法』も絶賛発売中です。ぜひご覧ください。

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 昨年、「親ガチャ」という言葉が注目され、流行語にもなりました。その頃、知り合いに「親ガチャという言葉についてどう思うか」と尋ねられたことがあります。

「ガチャ」という言葉は、カプセル入りのおもちゃなどが出てくる小型自動販売機「カプセルトイ」の名称のひとつ「ガチャガチャ」からきています。レバーを回してカプセルが出てくるまで、何が出るかわからないという、一種のギャンブルのような特徴をもっています。最近はもっぱらソーシャルゲームでも「ガチャ」という言葉が使われるようになりました。

 その知り合いは、親ガチャという言葉に関して、「生んでくれた親に対して、そのような軽い言葉を使うべきではない」「言葉として不謹慎だし、聞いていて不快感を覚える」ということを、強く主張していました。

■言葉をなくしても、残酷な事実がなくなるわけではない

 しかし私は、親ガチャという言葉は「必要」であると思っています。なぜなら、「親ガチャにハズれた」と主張、断言してもいいほど、親によって過酷な環境に置かれた子どもたち、虐待を受けている子どもたちが、この世の中に存在しているからです。いじめという言葉をなくしたからといって、いじめの存在がなくなるわけではないということと似ていると考えます。「そういう状況に置かれている子どもがいる」ということを、きちんと表すために、言葉は存在するのではないでしょうか。

 悲惨な児童虐待を伝えるニュースは、尽きることがありません。同じ人間として、聞いていられないほどの虐待を受けた子どもの報道を、頻繁に耳にします。そのたびに私は、「親ガチャという言葉についてどう思う?」と聞かれたときのことを思い出します。

 心身ともに傷を負った、または現在進行形で負っている子どもの前で、「親ガチャという言葉は不要」などと言えるでしょうか。その言葉を使わないということは、単純に、残酷な事実から目をそらすことにならないでしょうか。

 あるママ友の子どもは、小さい頃、親の顔を見上げながらこう言ったそうです。「僕はお空からお母さんとお父さんを見て、このうちの子になれたら楽しそうだなと思ったから、ここに生まれてきたんだよ」と。 

 なんて幸せな話だろうと思うと同時に、こうも思いました。「それでは、殴る蹴るといった虐待をする親の元に、子どもが望んで生まれてきたというのか」と。

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杉山奈津子

杉山奈津子

杉山奈津子(すぎやま・なつこ) 1982年、静岡県生まれ。東京大学薬学部卒業後、うつによりしばらく実家で休養。厚生労働省管轄医療財団勤務を経て、現在、講演・執筆など医療の啓発活動に努める。1児の母。著書に『偏差値29から東大に合格した私の超独学勉強法』『偏差値29でも東大に合格できた! 「捨てる」記憶術』『「うつ」と上手につきあう本 少しずつ、ゆっくりと元気になるヒント』など。ツイッターのアカウントは@suginat

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