加えて、日本は国民皆保険制度であることも、足を引っ張っているという。

「メーカーが開発した医療機器を市場に上げたとしても、診療報酬の関係でマネタイズ(収益化)は限られてしまいます。これは医療を受ける側としては非常にいいことなんですが、自由競争で世界と戦うには大きなハンディキャップになります」

 ただ、希望もある。それは医療のAI化が”医療以外のところから進む”可能性だ。

「具体的に言うと、検体を持ったロボットが病院の廊下を移動するとか、車イスが自動運転できるようになるとか、これらは医療機器ではないので、導入しやすいのです」

■「2025年の崖」とは!? 日本のAI化が加速するのは2030年以降

 実際、自走する車イスに関しては、「AIホスピタル」プロジェクトで実装実験段階に入っている。AIホスピタルとは、第二次内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)で採択された「AIホスピタルによる高度診断・治療システム」のことで、AIやICT、ビッグデータの技術などを組み込んだ、先進的な医療サービスを提供する病院モデルを作り、社会実装するプロジェクトだ。

「DXのためには、AI技術が必須。病院のオートメーション化には非常に有用だと思いますが、ネックは政府がこの手の分野を苦手とすること。新設されたデジタル庁に期待したいところです」

 国自体も尻に火がついたのか、重い腰を上げつつあるという。19年に経済産業省がDXに関するレポート(「DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開」)を作成した。「2025年の崖」とは、このまま国内でDXが進まないと、25年以降最大で年間12兆円の経済損失が生じる可能性がある、ということを指している。

 日本では20年度から、すべての小学校でプログラミング教育が必修となった。今後はコンピューターを「使う」だけではなく、「操る」人材が増えると思われる。それも踏まえ、中田医師はこう言う。

「『2025年の崖』を迎えた後、30年ぐらいからは日本でもAI化が加速するのではないかと考えています。思い返すと、電子カルテが標準になったのは医療以外の分野でIT化が進んだから。医療のAI化を考えるときは、産業としてのAI技術の進歩を注視していかないとといけない、ということです」

中田典生(なかた・のりお)医師
東京慈恵会医科大学放射線医学講座准教授、総合医科学研究センター人工知能医学研究部部長、同大学病院超音波センター・センター長、情報通信技術(ICT)戦略室室長。医学博士、日本医学放射線学会放射線科専門医。1988年、東京慈恵会医科大学医学部卒。2001年、同大学高次元医用画像工学研究所で鈴木直樹教授に師事。17年、厚生労働省保健医療分野におけるAI活用推進懇談会構成員、20年から現職。専門は放射線科(画像診断)、超音波医学(診断、専門医・指導医)、人工知能医学。

(文/山内リカ)

※週刊朝日ムック『医者と医学部がわかる2022』から再編集、加筆・改変