井上康生監督(C)朝日新聞社 
井上康生監督(C)朝日新聞社 

 メダルラッシュに沸く東京五輪で、圧巻の成績を出しているのが男子柔道だ。60キロ級の高藤直寿、66キロ級の阿部一二三、73キロ級の大野将平、81キロ級の永瀬貴規が4日連続で金メダルを獲得。井上康生監督の手腕も高く評価される中、意外な形で大きな反響を呼んだのが、井上監督が選手に謝罪して涙で言葉を詰まらせた場面だった。

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 28日に登場した90キロ級の向翔一郎は5日連続金メダルの期待がかかったが、3回戦で21年世界選手権3位のハンガリー代表・トートに延長戦の末、大内刈りで一本負けした。敗者復活戦にも回れず、メダルなしが確定。向は試合後の取材エリアで気丈に振る舞ったが、井上監督は思いを代弁した。報道によると、「やっぱり控室では号泣していました。(五輪に)すべてを懸けていたと思う」と明かし、「十分勝機のある相手だったが、しっかり(課題を)埋めてあげられなかった私たちの責任。向に申し訳ない」と反省の弁を述べた。そして、31日に控えた混合団体戦に向け、「『必ずお前に団体で金メダルを獲らせて帰らせる』と伝えたので、一緒に頑張ります」と涙で声を詰まらせた。

 井上監督は監督として初めて臨んだ16年のリオデジャネイロ五輪で、金メダル2個を含む全ての7階級でメダルを獲得。低迷が続いていた男子柔道を復活に導いたが、謙虚で情熱的な姿勢は変わらない。昨年2月末の東京五輪代表発表会見で、落選した選手に言及した際には感情が高ぶり、涙で声を詰まらせた。

 現役時代から井上監督を取材しているテレビ関係者はこう話す。

「井上監督ほど選手のことを強く思い、柔道に対して情熱を持っている指導者はいないと思います。実績のある選手は自分の経験論に固執する人が多い中、井上監督は違います。根性論や精神論に偏ることなく、科学的なトレーニングを積極的に取り入れ、他の格闘技を参考にするなど柔軟な発想で指導改革をしてきました。選手が自主練している場所まで足を運び、コミュニケーションを欠かさないなど気配りの人です。向が東京五輪にかける思いは知っていましたし、号泣する姿を見て感情が高ぶったのでしょう。井上監督は過去に涙を流した時、『指導者として未熟な行動』と反省を口にしていましたが、その思いは選手に伝わっていると思います」

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