朝、目覚めのコーヒーを口にしようとしたその一瞬、思考が停止した気がする。「香りがしない……」。筆者が新型コロナウイルスの症状を自覚した、最初の出来事である。翌日に検査を受けコロナ陽性と判明したが、10日間の自宅療養を終えた今も嗅覚は鈍い。突如として目の前に現れた「無臭の世界」。この世界から“におい”がなくなることがいかに怖いことか。発症当時の状況や療養の経過を記すことで振り返ってみたい。
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6月27日。日曜日の朝だった。筆者はいつも寝起きにインスタントコーヒーを飲んで目を覚ますのが習慣だ。ちなみに44歳、マンションで独り暮らしである。
コロナ感染者が味覚や嗅覚を失ったというニュースはたびたび見聞きしており、特に昨年、プロ野球・阪神タイガースの藤浪晋太郎投手が、「コーヒーやワインの香りがしない」と体調の異変を訴えて検査した結果、感染が判明したというニュースは強烈に覚えている。現役バリバリの、あの巨体のアスリートですら、あっさり感染して症状が出てしまうのかと衝撃を受けたからだ。
毎朝のコーヒーの香りがちゃんと感じられるのは、何となくの安心材料でもあった。
ただ、この日は違った。カップに口を近づけた瞬間、いつものコーヒーの香りがまったくしないことにすぐに気が付いた。「うそだろ……」。そんな独り言をつぶやいた気がする。
状況が信じられず、くんくんくんくん、まさに犬のごとくカップ上で鼻を利かせるのだが、本当に何も香りがしない。飲んでみると、苦味などはそれなりに感じてコーヒーらしいと言えばそうだが、風味のない「コーヒーもどき」というべきか。
不安に駆られた筆者は、さらに犬モード全開になり台所をうろうろした。お酢、納豆、チューブ入りの生ニンニク、バナナ……くんくんくんくん、香りが強そうな食材の臭いを手当たり次第に嗅ぐが、何もとらえることができない。
続いて、かゆみ止めの塗り薬のふたを開けた。あのメントールの強烈な刺激ならさすがに……、全然だめだった。強いて言えば、鼻の奥にメントールの涼感があるような、ないような。柔軟剤も「無臭」だ。長いこと使ってなかったけど、かなり強い香りがしたはずなのだが。