現役で入学した同級生は朝比奈選手より5歳若いが、一般入試をパスしただけに基礎科学などの科目において知識の幅広さを感じるという。しかし現場で患者とコミュニケーションを取る実習となると、年上の朝比奈選手のほうが一枚上手だ。

「勉強を教えてもらったり、逆に実習でフォローしたりと助け合って学んでいます」

■「名医であるよりも良医であれ」日野原重明医師の言葉を胸に

 トップ選手でありながら医学部を目指すことで、柔道界からは「オリンピックを狙えるのになぜよそ見をするのか」、医学界や受験業界からは「医学部受験をなめるな」と、誹謗(ひぼう)されたこともあった。

「どちらも本気で臨んでいるのに。日本には、ひとつのものを極めてこそ美学という文化がある。でも、もっと多様性を受け入れてもいいと思う。スポーツ選手の引退後のキャリアだって選択肢が増えてほしい。医学部入学もそのひとつですし、全日本柔道代表の責任を終えた後には大学でアメフトなどの新たなスポーツにもチャレンジしてみたい。後に続く人が出てきたらうれしいですね」
 
 朝比奈選手には忘れられない出会いがある。10代のころから参加していた聖路加国際病院小児病棟のボランティアで出会った日野原重明医師だ。

「いろいろな経験を積んでおり、それが優しさになっていた。出会った人を幸せにする方でした。先生が私に話してくださった『名医であるよりも良医であれ』という教えを胸に刻んでいます」
 
 いま興味を持っているのは、柔道の経験を生かせる整形外科、子どもが好きなので小児科、そして父と同じ分野の麻酔科だ。ただ、さまざまな診療科を回ったうえで最終的に決めるつもりだ。取材時に披露してくれた真新しい白衣姿からは、医師としての道を踏み出した喜びがにじみ出ていた。

朝比奈沙羅/1996年東京都生まれ。7歳で柔道を始める。2013年講道館杯から女子初の4連覇。17年世界選手権準優勝、18年世界選手権優勝、17年世界無差別選手権大会優勝。渋谷教育学園渋谷高等学校卒業。19年東海大学体育学部卒業。20年獨協医科大学医学部入学。18年から20年4月までパーク24に所属。