だが、同じネタを続けていると世間には飽きられてしまう。追い打ちをかけるように2016年には週刊誌で不倫疑惑が報道され、そのせいで一気に仕事を失ってしまった。

 そんな安村にとって『有吉の壁』は正真正銘最後のチャンスだった。そこで彼は、体を張って有吉を笑わせるためにさまざまなパフォーマンスを行ってきた。一発のボケのために髪の毛を大胆に剃ったり、坊主にしたりしたこともあった。

 この番組における安村と言えば、忘れられない名場面がある。2019年10月2日放送の『有吉の壁12』の「ブレイクしそうなキャラ芸人選手権」という企画で、安村は「安村昇剛」という名前でネタを披露した。安村はパンツ1枚で踊りながら「東京ってすごい」というフレーズを繰り返す自作の歌を歌った。

 北海道の田舎で無邪気に育ち、引っ込み思案だった自分が、東京に来ていつのまにか、恥ずかしげもなくこんなことをしている。安村の芸人としての半生を振り返るようなドキュメント性の強い歌詞の内容が、客席にいた芸人たちに笑いと感動をもたらした。その場にいた芸人の中には涙を浮かべているように見える人もいたほどだ。

 最近見せた自宅で水をかぶる芸も、部屋の中が水浸しになってしまうという点で、取り返しのつかない決死のパフォーマンスである。だが、安村はただ「有吉が笑ってくれるならそれでいい」と考えているのだろう。安村は技術ではなく覚悟を見せている。センスではなく生き様を見せている。それが見る人の心を動かすのだ。

「裸一貫からの再出発」というのはこの世にあるが、安村の場合、裸になって売れてから、さらにどん底に落ちた、という異例のケースだ。そんな彼の芸人としての武器は不退転の覚悟だけである。出口の見えないコロナ禍に直面した人類に求められているのは、何もないところから這い上がる「安村力」なのかもしれない。(お笑い評論家・ラリー遠田)

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ラリー遠田

ラリー遠田

ラリー遠田(らりー・とおだ)/作家・お笑い評論家。お笑いやテレビに関する評論、執筆、イベント企画などを手掛ける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』 (イースト新書)など著書多数。近著は『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)。http://owa-writer.com/

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