堂上直倫、大田泰示… プロ入り後の「モデルチェンジ」で“生き残った”男たち (1/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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堂上直倫、大田泰示… プロ入り後の「モデルチェンジ」で“生き残った”男たち

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西尾典文dot.
プロ入り後に「モデルチェンジ」に成功した中日の堂上直倫 (c)朝日新聞社

プロ入り後に「モデルチェンジ」に成功した中日の堂上直倫 (c)朝日新聞社

 最速〇〇キロの本格派、高校通算〇〇本塁打の長距離砲、ドラフト時点でこのような触れ込みでプロ入りしてくる選手は少なくない。しかし、アマチュア時代の触れ込み通りのプレースタイルでプロでも大成する選手は決して多いとは言えないだろう。いわゆるプロの壁にぶつかり、それを打ち破れないままユニフォームを脱ぐ例も多々ある。

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 しかしその一方でアマチュア時代とは違う持ち味を発揮して長く生き残る選手がいるのもまた事実である。今回はそんなプロ入り後のモデルチェンジが成功した選手について紹介したい。

 一人目は今年でプロ入り14年目を迎える堂上直倫(中日)だ。父、兄もプロ野球選手のサラブレッドで、中学時代には中日のファン感謝デーでリトルシニアの選抜チームとして出場し、ナゴヤドームのレフトスタンドへホームランを叩き込んだ逸話も持っている。愛工大名電進学後も早くからレギュラーとなり、2年春には4番打者としてチームの甲子園優勝にも大きく貢献。2006年の高校生ドラフトでは世代ナンバーワンの強打者として注目を集め、3球団競合のすえ地元中日に入団することとなった。

 プロ入り一年目は二軍で4本塁打を放ち、四年目には一軍で82試合に出場して68安打、5本塁打をマークして着実にステップアップしているかのように見えたが、その後は打率2割前後のシーズンが続き低迷。このまま消えてしまう可能性もあったが、そんな堂上を救ったのは堅実な守備だった。

 2016年には守備力を生かしてショートのレギュラーとして初の規定打席に到達。その後は京田陽太にレギュラーの座を明け渡したものの、内野ならどこでも守れる貴重なバックアップ要員としてチームに欠かせない存在となっている。2018年にはFA権を取得したが行使せずに残留し、チームと3年契約を結んだ。実働12年間で411安打29本塁打という数字は期待通りではないかもしれないが、それでも複数年契約を結んだところに球団として評価の高さがうかがえる。昨年は自身初となる二桁本塁打をマークしており、代打としても貴重な存在と言えるだろう。


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