天龍源一郎が語る“外出自粛中の過ごし方” 家での仕事や運動のすすめ、そして「天龍の家族愛」と「ジャンボ鶴田の家族愛」 (1/4) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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天龍源一郎が語る“外出自粛中の過ごし方” 家での仕事や運動のすすめ、そして「天龍の家族愛」と「ジャンボ鶴田の家族愛」

連載「70歳からのはっけよい!」

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天龍源一郎(てんりゅう・げんいちろう)/1950年、福井県生まれ。「ミスター・プロレス」の異名をとる。63年、13歳で大相撲の二所ノ関部屋入門後、天龍の四股名で16場所在位。76年10月にプロレスに転向、全日本プロレスに入団。90年に新団体SWSに移籍、92年にはWARを旗揚げ。2010年に「天龍プロジェクト」を発足。2015年11月15日、両国国技館での引退試合をもってマット生活に幕を下ろす

天龍源一郎(てんりゅう・げんいちろう)/1950年、福井県生まれ。「ミスター・プロレス」の異名をとる。63年、13歳で大相撲の二所ノ関部屋入門後、天龍の四股名で16場所在位。76年10月にプロレスに転向、全日本プロレスに入団。90年に新団体SWSに移籍、92年にはWARを旗揚げ。2010年に「天龍プロジェクト」を発足。2015年11月15日、両国国技館での引退試合をもってマット生活に幕を下ろす

外出自粛のいまは、こうしてリモートで取材を受けたり、ポストカードにサインを大量に書いたり(写真提供/天龍プロジェクト)

外出自粛のいまは、こうしてリモートで取材を受けたり、ポストカードにサインを大量に書いたり(写真提供/天龍プロジェクト)

 50年に及ぶ格闘人生を終え、ようやく手にした「何もしない毎日」に喜んでいたのも束の間、突然患った大病を乗り越えてカムバックした天龍源一郎さん。2月2日に迎えた70歳という節目の年に、いま天龍さんが伝えたいことは?今回は「外出自粛中の過ごし方」をテーマに、飄々と明るく、つれづれに語ります。

【写真】リモートワークする天龍源一郎はこちら

*  *  *
 コロナ禍で外出自粛が続いているけど、俺は引退してからほとんど家にいる生活だから、全然苦にならないんだよ。俺はずっと家にいても平気だけど、そうでない人も多いだろうね。でも、今はテレワークが多くなっていて、通勤の面倒臭さや会社での煩わしい人間関係から解放されて、なんでも自分のペースでできるなら気楽でいいと思うけどね。中には家族や会社を守るために出勤をせざるをえない人もいるわけだ。朝のニュースで最近の品川駅の通勤風景の映像を見かけたけど「感染は大丈夫かな?大変だな」と思うよ。できることなら、宣伝カーで品川駅前に行って「みなさん、頑張ってくれてありがとう!!」と大声で伝えたいくらい。この状況で自宅にいられることは幸せだと思わなきゃ。

 そして飲食店はもっと大変だよね。俺も寿司屋を経営していたから店主が四苦八苦しているのを見ると他人事とは思えない。日本人は不思議な人種でさ、政府でも会社でも偉くなればなるほど身内には厳しくなって、赤の他人には優しくなっていくんだよ。悪い言い方かもしれないけど政府は外国に何か援助するんだったら、先に身近な日本国民のためにやってほしいね。早く補償なりの救済措置を取ってくれ!

 俺の仕事面で言えば、女房と娘から「ボケ防止」の名目で家ではいろいろな仕事をさせられてるよ。大量にポストカード持ってきてサインを書かせられたり。「こんなに持ってきて、何なんだよ!」って文句を言いながらやってるんだけど、俺が文句を言うことが活力になることを知ってるからね。俺はガキのころから相撲の世界に入って、それからずっと目先の白黒(勝敗)だけで生きてきただろ。だから競走馬と一緒で「ヨーイ、ドン!」って言われたら走らなきゃと思っちゃうんだよね。うちはいい馬を育てて働かせる社台ファームと一緒だ(笑)(※社台ファーム=競走馬の生産牧場)。現役時代は「俺が嶋田家を支えているんだ」という気概で身を粉にして働いてたけど、今となっては家族の前では小さくなっていて、その自負も微妙だね……。


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