さらに最近の研究により、じつはイップスにはもう一つ別のタイプがあることがわかってきました。イップスによく似た病気に「ジストニア」があるのですが、聞いたことはあるでしょうか? これは無意識に起こる運動障害の総称で、自分の意識とは裏腹にからだの一部の筋肉が硬直し、思い通りにからだを動かせなくなるものです。

 例えば、「書痙(しょけい)」は、人前で字を書こうとすると、手の震えやけいれん、麻痺などが起こって、字を書くことが困難となる障害です。同じように、楽器演奏者や理容師さん、職人さんなど、日常的に繊細な動作を繰り返す仕事をしている人に多く発症し、それらを「職業性ジストニア」と呼んでいます。この職業性ジストニアの中に、一部のイップスが含まれることがあるようなのです。

 ジストニアの原因は、脳の働きに何らかの異常が起こることによると考えられています。すなわち、早く正確に筋肉を動かそうとして、運動の指令を出す脳の回路に誤作動が起こるようです。動作の繰り返しが原因であるため、うまくいかないからとあせって練習すればするほどかえって悪化する場合があるので注意しましょう。ジストニアの場合には、トレーニングをし過ぎるのは禁物。休んだり、それまでと違うフォームに変えたりすると改善するケースもあるようです。

 ジストニアの場合は、中枢神経系の病気であるため、神経内科で専門的に治療します。内服薬に加えて、神経ブロック注射、手術などの治療がおこなわれることもあります。神経内科で治療したほうがよいイップスもあるということを、覚えておきましょう。

 以上、イップスの話をしてきました。イップスは個々のケースで異なり、いくつかの種類があることがおわかりいただけたことでしょう。イップス治療においては、「トレーニングをしたほうがよいイップス」と「トレーニングをするとかえって悪化するイップス」があるため、専門家によく相談したうえで判断することをお勧めします。

 ただ調子が悪いのをイップスのせいにして逃げている場合は話が違ってきますが、根性論を振りかざしているだけで、イップスは治せないことを、ぜひ忘れないでください。

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松本秀男

松本秀男

松本秀男(まつもとひでお)/医師。専門はスポーツ医学。1954年生まれ。東京都出身。1978年、慶応義塾大学医学部卒。2009年から2019年3月まで、慶応義塾大学スポーツ医学総合センター診療部長、教授。トップアスリートも含め多くのアスリートたちの選手生命を救ってきた。日本臨床スポーツ医学会理事長、日本スポーツ医学財団理事長。

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