球団別『平成最高の4番』を選んでみた【セ・リーグ編】 (1/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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球団別『平成最高の4番』を選んでみた【セ・リーグ編】

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巨人の平成最高4番は松井秀喜 (c)朝日新聞社

巨人の平成最高4番は松井秀喜 (c)朝日新聞社

 今年の5月から年号が平成から令和へと移り変わった。令和最初となるプロ野球のシーズンもあっという間に終盤に差し掛かり、新年号になって初めてリーグ制覇を果たすチームはどこなのか? 首位打者には誰がなるのか? など、“令和初”の称号を手にするチームや選手に注目が集まるが、平成のプロ野球の記憶も未だ鮮明に残っている。そこで、今回は各チームで平成に最も活躍した4番打者を振り返ってみたいと思う。今回はセ・リーグ編。(※打順は回数や打席数をもとに算出)

【写真】「平成で最もカッコいいバッティングフォーム」はこの選手!

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■巨人:松井秀喜

 基本的には、落合博満や清原和博といった大打者の前を打つ3番打者として活躍したが、2000年(平成12年)からヤンキースに移籍する前の2002年(平成14年)まで4番打者を務め、圧倒的な存在感を示した。特に巨人最後の年となった2002年には打率.334(リーグ2位)、50本塁打(リーグ1位)、107打点(リーグ1位)と三冠王まであと一歩のところまで迫り、セ・リーグのMVPを獲得。チームの日本一にも大きく貢献した。186cm、95kgの日本人離れした体格で相手投手を威圧する姿は、伝統ある巨人の4番にふさわしく、当時にワールド・ベースボール・クラシック(WBC)が開催されていれば、多くのファンが侍ジャパンの4番に推したであろう。

 他では生え抜きの阿部慎之助が6シーズン、ヤクルトから移籍のラミレスが4シーズンに渡って任され、平成の序盤は現在チームの監督である“若大将”原辰徳が務めた巨人の4番。名だたる打者がずらりと並ぶが、成績、人気、カリスマ性、どれをとってもトップクラスの松井を推したい。

■阪神:金本知憲

 1991年(平成3年)からオマリーが4シーズン務め、その後は助っ人外国人を中心に毎年入れ替わり、なかなか固定できずにいた阪神の4番。だが、星野仙一監督の就任2年目となった2003年(平成15年)に広島から加入した金本知憲が、その状況に終止符を打った。金本は移籍初年度こそ、主に3番打者として試合に出場したが、翌年の2004年(平成16年)から不動の4番として活躍。2005年(平成17年)には打率.327(リーグ3位)、自己最多となる40本塁打(リーグ2位)、125打点(リーグ2位)で2003年に続くリーグ制覇の大きな原動力となった。成績もさることながら、左手首を骨折しながら試合に出場してヒットを放つなど、精神的な部分でもまさにチームを引っ張る4番という感じだった。

 金本の後には、同じく広島から移籍の新井貴浩が3シーズン任された平成の阪神の4番は、移籍してきた選手や、助っ人外国人が主に任された。金本もその一人だが、“アニキ”とファンに親しまれ、プロ野球全選手の中でも、平成の時代に最も4番に座った金本より適格な選手は見当たらない。


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