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「投球制限」米国は日本とは比較にならない厳格な規定あり

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杉山貴宏dot.
大船渡の国保監督(右)が県大会決勝で佐々木(左)に登板回避させたことが話題となった (c)朝日新聞社

大船渡の国保監督(右)が県大会決勝で佐々木(左)に登板回避させたことが話題となった (c)朝日新聞社

 さらに生徒数や実力などで各リーグが細分化されているため、レベルの似通った学校同士の対戦となるため、日本の高校野球の地区予選でしばしば見られる強豪校による一方的なコールド勝ちのような展開にはなりにくい。そして日米の高校野球の最大の違いは、アメリカでは7イニング制がこの年代でも導入されていることだ。9イニング制の日本と比べれば球数が抑えられるのは言うまでもないだろう。

 ここでは冒頭で触れた佐々木の登板回避判断の是非に言及はしない。だが、登板過多による負傷のリスクがあるにも関わらず、明確なルールが存在しないことに違和感を感じざるを得ない。

 前述のアメリカのガイドラインは、若年層のトミージョン手術経験者が近年増加してきた事実に危機感を覚えた有識者・球界関係者たちが、子供たちを守るべく作り上げたものだ。なんでもアメリカに倣う必要がないという意見に一理あるが、こうしたレスポンスの早さは間違いなく見習うべきものだろう。

 甲子園のような全国大会を廃止することや7イニング制の導入は、さすがに現実的ではない。だが投球制限の導入は、大人たちが過度の浪漫や身勝手な美学を捨て、一時的には高校球児を含む大勢の反対派から批判を浴びるのを覚悟すれば不可能ではないはずだ。

 事実、2018年12月には新潟県高校野球連盟が、今春の県大会で1試合につき1人100球までとする「球数制限」を導入することを一度は表明している(高野連から再考を求められた結果、導入見送りが決定してしまったが)。

 高校生に限界まで(あるいは限界以上に)投げさせるのをよしとする派のよりどころは、結局のところ選手に納得いくまでやらせてあげたい、という精神論に帰結する。身体的にはまずいというのは誰もが分かっているはずだからだ。

 そして指導者たちの中には登板過多の危険を承知しつつも選手の気持ちをくむと投げさせざるを得なかったり、周囲のプレッシャーからエースに連投を強いるしかないジレンマに悩む人が必ずいるはず。そうした指導者を解放するためにも、やはり登板過多の抑制は制度として定めるべきではないだろうか。(文・杉山貴宏)


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