2016年リオデジャネイロ五輪の聖火台は2つあった。ひとつはマラカナンスタジアムに、もうひとつはリオの街のダウンタウン、カンデラリア教会の広場に置かれた。アテネ五輪(2004年)の銅メダリスト、バンデルレイ・デ・リマがマラカナンの聖火台に火を付けた。それから少し遅れて、市民の聖火と呼ばれたダウンタウンの聖火台に火を灯したのは、当時14歳のジョルジ・ゴメス少年だった。なぜカンデラリア教会に聖火台が置かれ、なぜジョルジ少年が点火したのか。カンデラリア教会は1993年、ブラジルのみならず世界を震撼させた虐殺事件の舞台である。教会の援助を受けていたストリートチルドレンが眠っていたところに、警官を含むグループが発砲。少なくとも8人が死亡し、多くの子供が負傷した。事件の根底には、ファベーラ(貧民街)の存在、貧困にあえぐ子供の犯罪、分断される社会があったと伝えられる。ジョルジ少年もファベーラの出身。幼少期を貧困の中で過ごしたが、その後、陸上に出会い、経済的にも精神的にも充実した生活を送れるようになったという。リオだけでなく、世界が向き合わなくてはいけない問題の象徴的な場所で、スポーツにより人生を変えようとしている少年が聖火を灯すことは、意義深いことだっただろう。

 これらの大会を見ると、聖火の最終ランナーには、融和、平等、差別の排除など、共通した祈りが含まれている。それはオリンピック憲章に書かれたオリンピズムの原則でもある。さらに聖火は古代ギリシャにおいて、五輪期間中は常に火を祭壇に灯していたことに由来している。古代五輪では祝祭期間中とその前後は「エケケイリア」と呼ばれる聖なる休戦が宣言され、聖火はそのまま平和の象徴となっている。

 前回、1964年東京五輪での最終ランナーは、坂井義則さんだった。1945年8月6日、広島に原爆が投下された日に、その広島県に生まれた坂井さんが聖火を灯したことで、東京は平和、反戦のメッセージを世界に送った。果たして今回、東京は最終聖火ランナーを通じて何を社会に伝えるのか、大いに注目である。(文・小崎仁久)