「先輩の『書けるようになるまで10年かかる』という言葉を信じて辛抱しましたが、入社10年後、映画が斜陽になり秘書室に異動させるというので、きっぱりと辞めました。後先は考えず、少女小説や少女漫画の原作も書いていたので、なんとかなると思っていました」

 あと、おしんは意外とケンカっ早い。橋田自身も小学校時代、いじめてきた相手と取っ組み合い、負かしたという。

 さらにいえば、これは成功だけを描くドラマでもない。天才や勝ち組というものは常に自分にとって最善の行動ができるぶん、周囲を不幸にしたりもするからだ。おしんは晩年、息子が期待したように育たなかったことなどに悩み「私はどこで間違えたのだろうか」と自らに問いかけるようになる。恋愛についても、親友でもあった大店のお嬢様が悲劇的な後半生を送ったのは自分のせいだと責めるのである。橋田の作風にロマンスのイメージは希薄だが、恋と友情で葛藤する女心も深く細かく表現されている。

 また、ドラマは過去と現在を行き来しながら進み、現在のおしんは自分の生き方を見つめ直すべく、思い出の地を訪ね歩いている。同行するのは、亡き親友の孫だ。その部分に関しては、ロードムービーという趣きもある。とまあ、さまざまな要素が組み込まれた豊穣な世界なのだ。 

 なお「おしん」の時代は大河ドラマの最新作「いだてん~東京オリムピック噺~」のそれと重なっている。もし、日曜夜8時台に「おしん」を再放送したらどれくらいの視聴率を取るのか、そんな妄想をしてしまうほど、時を超えて楽しめる極上のエンターテインメントなのである。 

 放送はまだ9ヶ月以上残されていて、今からハマってもまだまだ間に合う。中盤の佐賀編では、橋田お得意の姑による嫁いびりが繰り出され、最大のピンチが訪れることに。おしんがそこをどう耐え、どう「逃げ」るかも見ものだ。この機会に、その真の面白さに触れてみてはどうだろう。特に、辛抱礼賛ドラマだと思っている人はぜひ!

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宝泉薫

宝泉薫

1964年生まれ。早稲田大学第一文学部除籍後、ミニコミ誌『よい子の歌謡曲』発行人を経て『週刊明星』『宝島30』『テレビブロス』などに執筆する。著書に『平成の死 追悼は生きる糧』『平成「一発屋」見聞録』『文春ムック あのアイドルがなぜヌードに』など

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