まずは、最初の奉公先でのこと。盗みを疑われ、裸にされたあげく、祖母からもらってお守りのようにしていた50銭銀貨を取り上げられてしまう。しぶしぶ従ったものの、冬の最上川でおむつの洗い直しをさせられるうち、上流にある故郷へと歩き出すのだ。このとき、こんなナレーションが流れる。

「おしんの胸のなかで、突然何かが大きな音を立てて弾けていた。やめた。おしんの辛抱の糸が切れたのである」

 おしんのなかで弾けたのは、いわばプライドだろう。人間としての尊厳を傷つけられるような場所では生きていけない、自分には辛抱よりも大事なものがあるのだ、という行動原理に目覚めた瞬間でもあった。

 このあと、脱走兵に助けられたおしんは、翌春、故郷に帰るが、再び奉公に出されることに。ここでは出世し、大奥様から金持ちとの結婚を勧められるほどになる。が、恋をしてしまい、婚約した相手を袖にするのである。酔っぱらって迫ってきた男を池に突き落とし、その責任もとって、奉公先をやめる。これも恋やプライドを辛抱よりも大事だと考えた結果だ。

 さらに、三度目は家出である。故郷に戻ってきたおしんに、料亭での奉公話が来たものの、その実態が女郎に売られることだと知り、瀕死の姉の助言で父の目をかすめて上京。自らの尊厳を守るとともに、髪結いになりたかった姉の夢を代わりに叶えるための決断だった。

■橋田壽賀子の回想

 とまあ、全放送回の6分の1にすぎない2ヶ月で3度も大きな「逃げ」が描かれている。そのうち、最初と三度目はおしんにとって大きなステップアップにつながった。橋田は意識していなかったかもしれないが、辛抱だけを強調せず、ときには死中に活を求めることや退くこと、新天地に希望を見いだすことも大事だと教えているのである。実際、おしんはその後も「逃げ」によって人生を切り拓いていく。

 このあたりには、橋田自身の経験も活かされているのだろう。20代から30代にかけて、松竹の脚本部員としてくすぶっていた時代をこう回想している。

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おしんは意外とケンカっ早い