しかし、ドサージュをしていてもアルコール発酵が十分であれば糖分は(アルコールに変わるので)とても少なくなる。これをもって太りやすいか太りにくいかを決めるのは、ちょっと乱暴かもしれない。アルコール飲料はカロリーが高いので肥満の原因になると考えられていた。しかし、最近の研究ではそうとはいえないようだ。このことは後に述べる。

■蒸留酒はモルヒネのような意味があった!?
 
 ブドウを材料にした蒸留酒はブランデーだ。単式蒸留で作ったコニャックが有名だ。あと、ブドウの搾りかすを原料としたマール、グラッパもある。それぞれフランス、イタリアの蒸留酒だ。

 ウイスキーやブランデーのような蒸留酒の技術を発展させたのは19世紀のイタリアの医者、タデオ・アルデロッティだという。かれは蒸留して造ったブランデーを「アクア・ヴィータ」と呼んだ。そういえば、ウイスキーもゲール語の「命の水」、ウスケボーがなまったものだ。その名の通り、こうした蒸留酒は病気を治し、痛みを和らげると言われてきた。

 この名前を見て「あ、藤田和日郎の『からくりサーカス』だ」と思ったあなたは鋭い! あの漫画にもこの呼称(読み方は変わるが)が出ています。

 14世紀にペスト(黒死病)が大流行したヨーロッパでは医学があまり進歩しておらず、ろくな治療がなかった。フローベルの『ボヴァリー夫人』の夫は、凡庸で退屈な医者だ。彼のプラクティスを診ていると、医学的には意味のない瀉血とかやっている。

 当時の医療は本当に非科学的だったのだ。そして、ボヴァリー夫人の夫は男性としても凡庸で退屈な人物だったが、医者としても三流だった(現代の視点から、の話だが)。そんな時代にあって、蒸留酒は患者の気分を楽にしてくれる、現在で言えばモルヒネのような意味があったのだとぼくは思う。治療効果はないが、痛みなどの症状緩和作用があったのだろう。オランダでの呼称は「ブランデウェイン(燃やしたワイン)」だ。これがイギリスでブランデーワインとなまり、後にブランデーと呼ばれるようになった。

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岩田健太郎

岩田健太郎

岩田健太郎(いわた・けんたろう)/1971年、島根県生まれ。島根医科大学(現島根大学)卒業。神戸大学医学研究科感染治療学分野教授、神戸大学医学部附属病院感染症内科診療科長。沖縄、米国、中国などでの勤務を経て現職。専門は感染症など。微生物から派生して発酵、さらにはワインへ、というのはただの言い訳なワイン・ラバー。日本ソムリエ協会認定シニア・ワインエキスパート。共著にもやしもんと感染症屋の気になる菌辞典など

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