ではなぜここまで多くの投手が速いボールを投げられるようになったのだろうか?大きな要因として考えられるのはやはりトレーニング方法の進化と、その情報が広く伝達したことである。以前は投手のトレーニングと言えばとにかく走り込んで下半身を鍛え、多くのボールを投げ込むことでフォームを固めるというものが一般的だった。しかしただ単に長い距離を走るだけでは意味がないということは常識として浸透してきており、投球動作に重要と考えられている肩甲骨周り、股関節周り、体幹のトレーニングを効率良く行うことで球速がアップするメソッドが確立されてきたと言えるだろう。

 もう一つ大きいのは投球動作をすぐに、また詳細に映像で見られるようになったということである。今まではイメージでしかとらえられなかったものが、ハイスピードカメラなどの発達によって腕の使い方、リリースの様子などが視覚としてとらえられるようになっているのだ。また、練習中にスマートフォンやタブレット端末などで映像を撮影しているチームも多く、自分のフォームがすぐ見えるようになったということは選手にとって非常に大きなプラスと言えるだろう。

 そして最後に言えるのが選手、指導者たちの意識の変化である。以前は『夢の160キロ』と言われ、日本人選手が到達することは不可能ではないかとすら言われていた。しかし2010年に由規(当時ヤクルト)が161キロをマークすると、2012年には大谷が高校生でありながら夏の岩手大会で160キロを記録し、そして今年は佐々木がそれを上回っている。今までは無理と思われていたものでも、一人がその壁を破るとその数字を目指すようになり、気持ちの部分での壁が取り払われたということはあるだろう。この夏、佐々木は春にマークした163キロを超えることも十分に考えられるが、今度はそれが新たな基準となり、更に上を目指す選手が出てくるはずだ。もちろんスピードだけが投手の能力の全てではなく、故障のリスクなども十分に考える必要はあるが、パイオニアの登場によって全体のレベルが引き上げられることは喜ばしいことと言えるだろう。

 令和の時代、160キロを投げる投手が当たり前になる。そんな可能性も十分にあるのではないだろうか。(文・西尾典文)

●プロフィール
西尾典文
1979年生まれ。愛知県出身。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行っている。

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西尾典文

西尾典文

西尾典文/1979年生まれ。愛知県出身。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究し、在学中から専門誌に寄稿を開始。修了後も主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間400試合以上を現場で取材し、AERA dot.、デイリー新潮、FRIDAYデジタル、スポーツナビ、BASEBALL KING、THE DIGEST、REAL SPORTSなどに記事を寄稿中。2017年からはスカイAのドラフト中継でも解説を務めている。ドラフト情報を発信する「プロアマ野球研究所(PABBlab)」でも毎日記事を配信中。

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