金本、谷繁、稲葉…史上最も活躍した「FA移籍選手」は誰だ? (1/2) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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金本、谷繁、稲葉…史上最も活躍した「FA移籍選手」は誰だ?

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阪神・金本知憲 (c)朝日新聞社

阪神・金本知憲 (c)朝日新聞社

 日本プロ野球にFA制度が導入されたのは今から25年前、映画「ジュラシック・パーク」が公開された93年のオフのこと。第1号のFA宣言者は松永浩美(阪神→ダイエー)。それ以降、今オフの4人(丸佳浩、浅村栄斗、西勇輝、炭谷銀仁朗)を含めて延べ90人がFA権を行使して国内他球団へと活躍の場を移した。確かな実績を作ったからこそ得られる権利であるが、大金が動いた中で周囲の目が厳しくなるのも事実。大事になるのは、やはり新天地での活躍である。

 これまでで最もFA移籍後に活躍したのは一体、誰なのか。まず外せないのが、02年にFA宣言した金本知憲(広島→阪神)だろう。広島の4番としてFA権行使の際には悩みもあったというが、星野仙一監督のラブコールを受けて阪神移籍を決断。すると移籍1年目に球団18年ぶりのリーグ優勝の原動力となり、翌年には自身初の個人タイトルとなる打点王を獲得。そして移籍3年目の05年には打率.327、40本塁打、125打点と打撃3部門でキャリアハイを記録し、チームを再びリーグ優勝に導き、自らはリーグMVPに輝いた。“アニキ”としてタイガースのファンから愛された男は、現役引退後に監督も務めた。

 金本が阪神への移籍を決断した前年の01年にFA宣言した谷繁元信(横浜→中日)も新天地で名を上げた一人だ。当初はメジャーリーグ移籍を目指してのFA宣言だったが、結果的に中日へと移籍すると、1年目から正捕手として投手陣を引っ張り、打っては自己最多の24本塁打をマーク。04年に落合博満監督が就任後は背番号を27に変え、計4度のリーグ優勝に貢献。個人としても、ゴールデングラブ賞を5度(06、07、09、11、12年)、最優秀バッテリー賞3度(04、06、11年)を受賞するなど、横浜時代を上回る多くの栄光に包まれた時代を過ごし、選手兼任監督から専任監督と、金本同様に最終的にはチームを指揮する最高権力も与えられた。



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