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「強烈な反日」の中で奇跡の連続…日本代表の“侍魂”に心打たれたアジア杯中国大会【元川悦子】

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当時、日本代表の主将を務めた宮本恒靖 (写真:getty Images)

当時、日本代表の主将を務めた宮本恒靖 (写真:getty Images)

 1月9日のトルクメニスタン戦から2019年アジアカップ(UAE)の日本代表の戦いがスタートする。森保一監督率いる新生ジャパンの目標はもちろんアジア制覇だ。

「前回(2015年オーストラリア大会)できなかったタイトルを日本に持ち帰るように戦いたい。優勝するためには7試合を戦わないといけないが、まだまだチームは成長しなければいけない。1試合1試合の中で成長しながら結果を持ち帰れるようにしたい」と指揮官が強調したように、2大会ぶりの頂点奪回は日本サッカー界の悲願と言っていい。

 日本は過去に4度、同大会を制している。1度目は92年広島大会。森保監督がボランチとして獅子奮迅の働きを見せ、カズ(三浦知良)やラモス瑠偉ら個性豊かなタレントたちを支えたことで知られる。2度目は2000年レバノン大会。フィリップ・トルシエ監督率いる日本代表が圧倒的強さで、頂点まで駆け上がった。名波浩と服部年宏、中村俊輔の「左のトライアングル」が絶妙のコンビネーションを見せ、高度な完成度を誇ったことも印象的だった。3度目は2004年中国大会。反日ムードの吹き荒れる中、ジーコ監督率いるジャパンがタフで逞しい戦いを繰り広げて、優勝までこぎつけた。そして4度目が2011年カタール大会。アルベルト・ザッケローニ監督の初陣で、本田圭佑、岡崎慎司、香川真司の「ビッグ3」が確固たる地位を確立し、ロシアワールドカップまでの土台が形成されたと言っていい。

 このうち、特に強烈なインパクトを残したのが2004年だろう。日中戦争の際、日本軍が爆撃した地・重慶の1次リーグ3試合と準々決勝・ヨルダン戦に挑んだ日本は「君が代」をかき消されるほどの大ブーイングを浴びながら完全アウェーの戦いを強いられた。指揮官・ジーコも「国歌斉唱時に(サポーターが)ブーイングをするのは納得いかない」と不満をあらわにするほどの過酷な環境。背景には重慶爆撃だけでなく、小泉純一郎首相(当時)の靖国神社参拝や尖閣諸島の領有権問題などがあった。スポーツと政治は本来、混同されるべきではないはずだが、この頃の中国では正当な考え方を持つ国民が少なく、サッカーの国際大会でお構いなしに反日行動に打って出たのだ。日本代表選手の中には「なぜここまで自分たちがひどい扱いを受けるのかよく分からない」と漏らす者さえいた。



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