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後輩との「答え合わせ」 難治がんの記者にとってのお見舞いとは?

連載「書かずに死ねるか――「難治がん」と闘う記者」

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野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた2016年1月、がんの疑いを指摘され、翌月手術。現在は闘病中

野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた2016年1月、がんの疑いを指摘され、翌月手術。現在は闘病中

お見舞いに来てくれた福島総局時代の後輩、佐藤啓介記者(中央)と新婚の彩乃さん(左)。28日、東京都内の病院

お見舞いに来てくれた福島総局時代の後輩、佐藤啓介記者(中央)と新婚の彩乃さん(左)。28日、東京都内の病院

「あれ、連絡したほうがよかった?」という反応から想像するに、事前に知らせずに「会えたら会う」ほうが私の負担が小さいと考えたらしかった。

 その辺は患者によって違うだろう。

 私は人が訪ねてくるとあらかじめわかっているほうがありがたい。

 時間が無限でない以上、その時を大切にしたい。顔を見るだけでもうれしいが、来るのを知っていれば心の準備ができる。何を話すか、尋ねるか、どの思い出を持ち出すか。あらかじめ思いめぐらせるのも楽しい。

 ひところ、文章を書いたり人前で話したりする時に、なぜ病気になる前よりもよどみなく自分の考えを表せるのか、と考えたことがあった。要するに、ふだんから見舞客に説明し、質問に答えているから頭が整理されているのだと気づいた。

 そんな堅苦しい話は抜きにしても、お見舞いは気晴らしになる。先月28日に現れた他社のがん経験者のお二人は、私の具合が悪そうなのを見て「僕たち同士で勝手にしゃべってますから」と言った。永田町を取材した者にとって、あいも変わらぬメンツが滑った転んだを繰り返すさまには、ご近所のうわさ話を聞くような趣がある。気づくと私も、野党再編をめぐる政局話にひたっていた。


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