ところが、ここから事態は大きく動く。1番・西川遥輝に、2球目の147キロ直球を捉えられた。中越えのフェンス直撃となる二塁打は、あわや本塁打かと思われた大きな当たりだった。シーズン中の数字を比較してみたい。加治屋は今季の72試合登板で66回2/3を投げ、被本塁打は5本。被本塁打率では0.675。同僚のストッパー・森唯斗は、61回1/3で被本塁打は7、被本塁打率にすると1.027、石川柊太は127回1/3で被本塁打20、被本塁打率1.413。加治屋の“本塁打を許す確率”の低さは際立っている。一発は避けたい終盤の場面で、加治屋の示す安定感は実に頼もしい。

 その右腕があわや本塁打の一撃を食らった。踏ん張りどころの大事な局面で、加治屋の闘志にさらに火が付いた。2死二塁のピンチで迎えた打者は、2番・大田泰示。長打力を秘めた右打者だが、今季の対戦成績は5打数1安打、3三振と抑え込んでいる。長打を避けるために、外角中心の制球になる。1ボールから140キロ、139キロのフォークを外角に落とし、連続の空振り。タイミングが合っていないのは明らかだ。捕手の甲斐拓也は、4球目、5球目もフォークのサインを続けた。この2球は続けて外れてのカウント3ボール2ストライク。甲斐がフィニッシュに選ぼうとしたのはフォークだった。

 しかし、加治屋は首を振った。

「今年、自分で一番成長できた部分が、インコースの真っすぐなんです」

 だから「力」で勝負したい--。甲斐のミットは、インコースに寄った。6球目は148キロのストレート。これをファウルにした大田に、迷いが見える。打席を外し、配球を読もうとしている。ストレートか、いやフォークか。甲斐のサインはフォーク。2つの空振りを見れば、妥当な選択だろう。ファウルになったストレートも伏線になり、大田に迷いを生んでいるようだ。それでも「自分を信じて投げたかった」と加治屋は、ここで再び首を振った。甲斐のミットが再び、インコースに寄った。

次のページ
「もっと冷静に見つめていたら……」